道がない近道

 獣の足音とカエデの叫びが山の中を轟く。木々に潜んでいただろう鳥たちが羽ばたくのが見えた気がした。でも、今はそれどころじゃないし。


「ちょっと! ユキちゃん、フルスピードやめてって!」


 バシバシと木の枝がコカトリスの仮面に当たる。カエデの切実な痛み……そんなのは全く気にせずに走ったユキのおかげで、半日の移動でガーザの街が崖の上から横目で見えた。ガーザの街はロワーの街から三日かかる距離だと聞いてたのに、早過ぎじゃね?

 ギンが街を指差しながら言う。


「街だえ~」


 崖沿いを滑走するユキとうどんがはしゃいでいるのはいいんだけど……崖の下を見れば結構な高さだじゃん。落ちたら死ぬって!

 ガーザの街への正規ルートを通っていれば、草原で平坦な道ばかりだと聞いていた。山を遠回りする形になるので時間はかかるが、比較的安全な道だと――そう聞いていた!

 なんでその道を通っていないかって? 原因は正規ルートを使っていた荷馬車の馬たちがユキとうどんを怖がったから。

 ロワーからガーザって結構な人が行き交いしていて、私たちも途中から山の回り道だという道をゆっくり走りながら移動していた。していたんだけど、荷馬車とすれ違う度に馬がユキたちに反応して興奮する問題が勃発した。馬たちには尋常じゃない怖がりで暴れられてしまった。やっぱり走っているユキとうどんは迫力あるしね。

 問題が起こるその度に止まっては怒られたり、謝ったり、言い合いになったりで数時間で少しの距離しか進めなかった。

 行商人に急ぎの便は山を越えれば一日早く到着するしあまり人が使っていないと聞いて山越えを決行したんだけどさ、道どこよ? というくらい道がなく、結局、面倒な顔をしたユキが見つけた獣道を止めるカエデを無視して進み、楽しくなって2匹はヒャホーして今に至る。 


「ユキちゃん、ちょっと! ストップストップ!」


 そのまま崖を下りようとするユキを止める。それだけはやめて!

 ユキが空中で一回転して崖のギリギリのところで着地するとフッと笑ったような気がした。


「ユキちゃん、酷くね?」


 ユキからズルズルと滑り落ち、フラフラしながら崖から離れ四つん這いになる。


「あー、腰痛い」

「きゃうん」


 顔を舐めて遊ぼうアピールを始めたうどんの鼻を掴む。


「まずさ、とにかく、休憩させて! 不思議水飲んでいるけどお尻が限界なんだって!」

「カエデ~。お尻ナデナデだえ~」


 ギンが尻をポンポンと撫でる。


「ギンちゃん、ありがとう」


 一応、腰辺りで寝ているオハギの確認をする。オハギはバッタ退治の時に巨体のオジニャンコになった反動のせいか、しばらく眠ると宣言してからずっと腰辺りでアンモニャイトになっている。いつ起きるのかは、未定。もう妖精のこのアバウトな感じは慣れた。

 立ち上がり崖の上からガーザの街を双眼鏡で確認する。


「ロワーよりも大きい街っぽい」


 ロワーの数倍くらいありそうな街だ。古い街だけあって防塞も頑丈そうで、中の建物も多い。辺り一帯はロワーの街と同じで麦畑のようだ。

 時刻は16時。双眼鏡から見える門の前には長い列ができていた。


「えぇぇ」


 今から向かっても時間的にも街の外で野宿になりそう。明日向かうか。

 今夜は山の中で一人キャンプだね。


「ユキ、うどん。お腹空いた? オークあるよ」

「キャウン!」


 2匹が美味しくオークをいただく中、テントを組み立てる。この作業はすでに何回もやっているから短時間でテントが立つ。

 火起こしをすれば、大きな腹の音が静かな山に響いた。


「すんごいお腹空いた」


 ロワーの街を出発してから肉串一本しか食べてないじゃん。そりゃお腹も鳴る。

 鍋を出し、野菜と肉を入れたスープを作る。

 ロワーの街を出発した時に礼儀正しい純粋な顔をした女の冒険者におやきを貰ったけど……あれは毒だった。あの女もマルクスが賊頭だった『首残しのウルフ』の一員、たぶんだけど。代わりにおやきを食べさせた草むらの鼠は次々と倒れ動かなくなった。どんな毒かは知らないけど勘弁して。

 マルクスの生死は結局不明だ。


(マルクス……ゴキブリ並みにしつこそうだから生きてそう)


 ああ、もう! 完全に詰めが甘かった。やっぱり悪党の首は切るべきだった。今更後悔しても、もう遅いんだけどね。

 ギンを見ればチズコに栄養玉を与えている。キノコがせっせとヤングコーンの世話をする。シュール過ぎる。

 明日は早朝に出発する予定なのでテントに入り寝る準備をする。ユキとうどんはテントの外で丸くなっている。今夜の見張りよろしく!

 チズコの横で栄養玉によじ登り根を張るギンに声をかける。


「ギンちゃん、おやすみ」

「チズコもだえ~」

「うんうん。ギンもチズコもおやすみ~」


 枕に頭を埋めるとすぐに眠りに落ちた。

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