ギンの命名

 ロワーの街を出発する日、ガークが見送りに来てくれた。


「カエデ、くれぐれも気を付けて旅をしろ。崖から落ちたあれが本当にマルクスでまだ生きているのならば、必ずまた狙ってくるぞ」

「ガーク、ありがとう」


 結局、マルクスの生死の確認はできなかったのが痛いけど……あの怪我ならほぼ生きていないと思う。切実にそう願っている。蜘蛛ゾンビは逆に絶対にまだどこかに潜んでいそう。もうそのまま大人しくどこかへ消えて欲しい。


「おお、そうだ。ギルド長からの伝言だ「またお茶をしましょうね」だそうだ」

「えぇぇ、もういいって」


 もうマルゲリータとのお茶もお話も本気で勘弁して!


「ギルド長なりにカエデの心配をしているってことだ」

「うん……じゃあ、もう行く」

「ああ、またな」


 ガークに手を振りロワーの街の門をくぐる。次はいつこの街に戻って来るのだろうか? ガーザにいったら、その次はオスカーのいる王都を目指す予定だ。よし、行こう。ユキに跨る。


「あの、すみません」

「あ?」


 出発する気満々だったので、呼び止められて思わずイラっとする。振り向けばそこには若い女の子が立っていた。格好から冒険者のようだ。冒険者になりたてなのか装備はかなりの軽装だ。


「あの……」

「何?」

「黒煙のカエデさんですよね?」

「違うけど。カエデであってるけど、そんな変な二つ名はないから。用件は何?」

「ローカストを討伐してくれてありがとうございます。私、あの近くの村出身なのでお礼が言いたくて」


 深々と礼をする女の子。冒険者に礼を言われるなんて、空から槍が降って来るんじゃね? 悪い気はしないけど。


「ん、どうも。でも、別に私一人で討伐したわけじゃないから」


 女の子に手を振って立ち去ろうとすれば、引き止められる。


「あの、これを」


 お礼だと袋に入った何かを押し付けられる。何、これ。袋を開ければ、おやきが入っていた。

 知らない人からの食べ物は本気でいらない。


「道中食べて下さい!」


 普通にいらないし断ろうと思ったけど、なんだかニコニコする女の子に押され一応受け取りバックパックに入れる。


「うん。後で食べるね」


 女の子と別れ、さっさとその場を去りガーザの街へと向かう。


「ユキちゃん、よろしく」


 コカトリス仮面を被り、今度こそ本当に出発する。マルゲリータの話だと双子はガーザの街にいるということだけど……行ってみれば分かるか。ガーザの街はロワーの街と比べれば古く大きいらしい。


 走り出して十数分、ユキが足を止め走って来た方向を睨みながら唸る。


「ユキちゃんどうしたの?」


 双眼鏡でユキの睨む方角を確かめると、数人が身を隠しながらこっちの様子を伺っているのが見える。えぇぇ。またお客さん? もうゴブリン並みのしつこさじゃん。怠いんだけど。


――よし、無視だ。


「ユキちゃん、行こう。フルスピードでよろしく」


 ユキがフルスピードで駆ける。数時間ほどしてちょっと休憩する。双眼鏡で辺りを確かめるが流石にお客さんは付いてくることは出来なかったようだ。めでたしめでたし。

 汗を拭くためにバックパックの中にあるタオルに手を伸ばすと、冒険者の女の子に貰ったおやきを思い出す。


「ああ、これ貰っていたんだった」


 袋の中を開けると普通に美味しそうなおやきが入っていた。食べる気はないけど、おやきを出すとユキに速攻叩き落とされ、全て地面へと落ちる。


「きゃうん!」


 落ちたおやきを食べようとするうどんをユキが押さえつけ噛み付く。


「ぎゃきゃん」


 うどんが痛そうな鳴き声を上げユキに腹を見せしょんぼりとする。地面に落ちたおやきを見つめため息をつく。


「おやきに何かはいってるん?」


 おやきを調べるが、見る限り特におかしい点はない。


「ギンちゃん、何か分かる?」

「だえ~?」


 ギンも特に分からないようで、首を左右に振る。

 おやきを拾い、ちょこちょこと辺りを走り回っていた小さな野鼠に投げ与える。

 一匹がおやきに食いつくと次から次へと、どこからともなく現れた野鼠たちが餌を取り合う。


「別に異常はなさそうだけど……」


 野鼠たちはおやきを半分ほど完食すると急に食べるのを止め、次々と倒れ痙攣をおこし始めた。


「えぇぇ」


 毒? 鼠は痙攣が止まると眠るように動かなくなった。死んではいないようだけど。


「あの冒険者の女……」


 純粋そうな顔でこれ渡してくるとか最悪じゃん。まぁ、これとあの尾行していた人たちのおかげでまだ賊に狙われてることが明らかになってよかったけどね。ん? 良かった? 良くはない。

 ロワーの街で買った串焼き……一応ユキチェックをすれば問題はなさそうなので、串を食べながら休憩する。

 オハギはたまに起きては眠いと言って再び眠りにつく。オハギが言うには、今は力を温存していてもうすぐ活動ができるという。妖精については謎なことが多く、もう最近は流れに任せるようにしている。考えても無駄だし。


「ギンちゃん、何をしてるの?」

「光合成だえ~」


 肩に乗ったギンがヤングコーンを出しながらいそいそと世話を焼く。なんだかヤングコーンは少しだけ大きくなったような気がする。あの穴でみた大きさまで成長するならそれはそれで困る。


「ギンちゃん、まさかそれ巨大化しないよね」

「名前、それじゃないだえ~」


 ヤングコーンに名前を付けてとギンに急かされ、コーン太郎と名付けようとしたけど……今回はギンに却下をくらった。


「ギンちゃんが名前を付けていいよ」

「だえ……」


 ギンはしばらく悩んでログハウスにあったお気に入りの古いエロ本を出し、とある一ページを指差す。大股開いて椅子に座るスケスケパンティーの女の人のページ。ギンちゃん、なんで……


「同じ名前がいいだえ~」

「え、何? この人の名前がいいの? ギンちゃん、日本語を読めるの?」


 フルフルとギンが首を横に振るので書いてあったモデルの名前を伝える。


「いい名前だえ~」

「ギンちゃんがそれでいいならいいけど……」


 エロ本のモデルの千鶴子と言う名前をとても気に入ったギンは、ヤングコーンに「チズコ」と名付けた。


「チズコ、元気に大きくなるだえ~」


 日光浴させながらギンが嬉しそうにチズコの周りを踊る。ギンがいいなら、もうなんでもいいよ。


 串を食べ、ストレッチをする。そろそろ出発するか。


「よし、ガーザの街に向かおっか!」










いつもご愛読ありがとうございます。

本作4巻、10.10.2023発売予定です。

本屋によっては発売日前に店頭に並ぶかもしれません。

お見かけした際はお手に取っていただければ嬉しいです。


それから、本日2話投稿しております。


最後になりましたが、この後はしばらく一人キャンプはお休みに入ります。また元気にチャージして復活したいと思います。


よろしくお願いいたします。


トロ猫

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