睡眠大事

 崖の上で欠伸をしていたらガークと私兵達がやってきた。


「カエデ! 無事か! 化け物はどこだ!」

「ん。マルクスと崖から落ちて行ったよ」


 辺りが明るくなり始めた崖の上からガークが川を見ながら尋ねる。


「この高さ、生きて――って待て。マルクスってなんだ?」

「あの賊の名前」

「『首残しのウルフ』賊首マルクスのことか? あの男は面が違うだろ」

「自分でそう言っていたけど? 人相書は別人だって。あ、これって賞金は出るの?」

「マルクスだと証明できないなら無理だろ」

「えぇぇ」


 がっくりと項垂れる。マルクスはイルゼの数倍の懸賞金が付いているのに!


「そんなに悲観するな。領主から何か頂けるかもしれないぞ」


 ガークが言うには私の知らせた光の信号を捉えた私兵が騒ぎ、全員が目覚めたおかげで一人も死なずに賊を討伐できたという。それに加えエミルの隊にいた賊の発見で領主から感謝の金一封があるかもしれないという。


「そうなんだ。お金は結構あるけど、貰えるなら貰う」


 野営中の冒険者と私兵を襲ってきた賊の数は少なく、捕らえた者から毒で動けないはずだったのにと恨み言を漏らしていたらしい。ガークが訝し気な表情で尋ねる。


「マルクスだとカエデが言う男も俺が動いていることに驚いてたな。毒とはなんのことだ?」

「さぁ、知らない。ガークもこれを機に拾い食いは気を付けたら」

「おい……拾い食いって何を言ってやがる」

「ガーク……それよりも凄く大切な話があるんだけど」


 真剣な顔でそう言うと、ガークが唾を呑む。もう耐えられないところまで来ている。


「これ以上何かあるのか……」

「超絶眠い。今すぐ寝ないと死ぬので寝る」

「カエデ、てめぇふざけんなよ」

「ふざけてないって――」

「あ、おい!」


 そこから記憶は一切ないけど、目を開けたらユキとうどんに囲まれていた。モフモフ最高~。

 額の上からギンが顔を覗かせる。


「カエデ~お休みしてただえ~」

「ギンちゃん、おはよう」


 ギンを撫でていると、ガークが顔を覗かせ悲鳴が出そうになる。めっちゃクマできて人相悪。


「カエデ、起きたか」

「ガーク、おはよう」

「おはようじゃねぇよ。急に倒れたからこっちは心配したぞ」


 忙しそうに何やら準備を始めたガークがため息交じりに言う。


「ここまで連れて来てくれたん?」

「俺じゃねぇよ。フェンリルたちだ。こいつらお前を誰にも触らせなかったからな」

「ユキちゃん、うどん」


 ユキとうどんに抱き着く。今日はユキも嫌がらないので多めにスリスリをすれば手で押さえつけられる。なんで!

 ガークが言うには、どうやら昨夜は疲れの限界で失神するように寝落ちしたらしい。昨日、イベントが多すぎなんだって!

 時刻は9時25分。

 こんな遅くに起きたのは久しぶりだ。不思議水を飲みストレッチをする。マルクスが落とした水の魔石の中身をその辺にいた瀕死の虫に掛けてみると元気になった。やっぱりこれの中身は不思議水じゃん。マルクスの水の魔石のメーターを見れば、不思議水はあと二割も残っていない。

 早朝から数人の冒険者と私兵がマルクスたちの落ちた川を捜索しているらしいけど、マルクスの遺体も蜘蛛ゾンビも発見には至っていないようだ。これから数日、エミルと合流して広範囲に探すとガークが話しているのを聞いたけど……川はどうやらとても長いらしい。正直、何も見つからないのではないかと思う。最後に頭を狙って石バンバンしたし、生きている可能性は低いと思う。生きていたとしてもあの怪我では持って数日じゃね。

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