浄化と掃除とカエデ
ガークはすぐに冒険者数人を呼び、何かをコソコソと相談し始めた。なんて言ってんのか聞こえない。話が終わると何人かは苦い顔でその場を去った。ガークは手紙を書くと、残った二人の冒険者に渡した。
「バラバラに向かえ、死ぬ気で走れよ。手紙が無事に届いたら昇級させてやる」
冒険者の二人は手紙を受け取ると緊張した表情でロワーの街方向に走り去った。ガークに聞けば、マルゲリータに手紙を送ったらしい。ここからならロワーの街まで数時間のランニングだと思うけど、これで昇級するなら私もやりたい。
「カエデはダメだ。次は金級になるからな」
「え? ガーク、私の思考を読んだん?」
「顔に思ってることが全部出てやがんだよ、お前は。それより、身体に入ったという奇妙な魔力の源の現物は持ってるか?」
ガークはすでに一度バッタの目の魔石で赤黒い魔石を確認していたが、その大きな魔石を実際に確認したいと言われる。
「ううん。あれね、掃除……じゃなくて浄化した」
「は?」
「だから浄――」
「今すぐ黙れ」
急にガークが声を低くしてそう命令すると、後ろから私兵の一人が声を掛けてきた。ガークがこれでもかってほどの鋭い眼光を向けてきたので口を噤む。
(えぇぇ。もしかして浄化は何かの禁忌ワードなん?)
サメは何度も使ってたし、オジニャンコも特に躊躇もなく使っていたけど?
私兵と状況と後始末の話をするガークを黙って見つめる。私兵が去ると辺りを何度も確認したガークが小声で言う。
「カエデ、付いてこい」
「ガーク、さっきからどうしたん?」
「いいから何も言わずに付いてきやがれ」
「ん。分かった」
冒険者や私兵から声が聞こえない位置まで来ると、ガークが声を抑え尋ねる。
「カエデ、浄化とは何か分かっているのか?」
「汚れを掃除すること」
「汚れではない。穢れだ。分かるだろ」
穢れ……しばらく考えてガークに返事をする。
「ごめん。穢れって何?」
「そこからか?」
「私も穢れの意味は分かっているって。目に見えない汚れでしょ?」
ガークが項垂れながらため息を吐き、穢れについて説明する。穢れは不浄の魔力で侵される人や場所のことらしい。マジカルな汚れね。了解。
「穢れはそんな簡単に起きやしねぇ。魔力の高い魔物や人に穢れが発生するらしいが、その時は聖魔法を持つ聖職者数十人で浄化するって話だ。俺も実際には見たことはねぇが、それを浄化と呼ぶ。気軽に浄化という言葉を使うんじゃねぇ」
「えぇぇ。んー。じゃあ、掃除をしたでいいん?」
「お前のために忠告している」
というか聖魔法って何? そんな魔法まで存在しているん? 頭が盛大にファンタジーパンク中なんだけど。不思議水が聖魔法と同じ役割を担っているならますます存在を隠した方がいいのは分かる。ここは素直にガークの忠告を受け入れる。深く考えても、知識がないので終着点がなさそうだし。
「うん。分かった。じゃあ魔石を掃除した」
「どうやって掃除した?」
「ポ、ポ、ポーションで。うん。ポーションで!」
満面の笑みでガークに答える。
「……お前、今、絶対嘘を付きやがっただろ。まぁ、いい。それなら、掃除したというポーションを見せろ」
「あー、もうない。さっきいっぱい使ったから」
不思議水はまだある。でも、出したくない。相手がガークだとしても、これ以上いろいろ詮索する権利なんてないし、私も全てを答える必要はない。ポーションと偽っている不思議水を出せば、絶対に死の森へ結び付けられる。ごちゃごちゃ聞かれても、たぶんほとんどの質問に答えることは出来ないし、面倒なのは勘弁して。
ガークが眉間にシワを寄せ疑いの眼差しを向けるが、無視をする。
「顔面凶器だえ~」
ギンの言葉に笑いそうになったのを堪えると、ガークの顔が更に恐ろしくなる。そんな顔面凶器を向けても言いたくないことは言わないから。
「はぁ。分かった。もう聞かねぇが……そのポーションを私兵の前で使ったのなら、領主様に同じ質問をされるぞ。貴族への虚偽は罪になるからな」
「うん。でも、もう手元にはないから、ないって答えるしかないじゃん」
領主に聞かれようが、不思議水のことを答える予定はない。だって死の森に戻って採取して来いとか命令されそうじゃん? あの森にはテロリストスライムがいるし、ノーノーノ―。
「そうか。カエデの好きなようにしろ。俺は忠告したからな。今は怪我人がいるから他の奴らの元へ戻るが、話が終わったと思うなよ」
「えぇぇ」
ガークが呆れた顔で冒険者たちのいる方角へと歩きだしたので後ろから付いて行けば、急に止まったので背中にぶつかる。汗臭っ。
「カエデ、ひとつだけ答えてくれ。ポーションだと言い張るそれをショーンに与え治したのか?」
「治ったの?」
「ああ、息子は今では毎日元気に走り回っている」
「良かったじゃん」
「ああ」
ガークはそう振り向かずに短く返事をすると無言で再び歩き出したので、私も黙ってユキたちと共に後ろから付いていった。
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