一輪の花

 穴の下には横たわる……デカい黒い花? たぶん花だと思うけど……食虫植物のように棘のある口をパクパクさせてるし、サイズ的にオジニャンコの半分くらいの大きさで本当に花なのか分からない。あれは、植物の魔物ってことでいいの? 穴の端からバッタの群れの塊が花の口の中へ落ちるとチョコレートが溶けるようにドロッと溶け吸収されていく。完全にバッタチョコレートの吸収が終わると花は茎を伸ばし成長した。普通にモンスターフラワーじゃん。


「あれは一体何?」

【あれは妖精だ。いや、女王種だった妖精の成れの果てだ】

「えぇぇ。あれ妖精なん? 女王種って、それ妖精女王のこと?」

【そうだ】


 ベニのお友達じゃん。黒い花の妖精はなんだかうねうねと苦しそうに動いている。花の茎からは赤いブツブツが風船のように膨れては破裂する。その度に痛みに耐えるように全身が痙攣するのをループしているようだった。その光景にギンが無言で髪の毛の中に隠れてしまう。

 動いているのは分かるけど、それはまるでゾンビたちと同等の雰囲気で到底生き物だとは思えないなかった。あんなのただ動いている『何か』じゃん。


「あれって生きてるの?」

【生き地獄であろうな。もうあれは最後を迎えていたはずの妖精だ。それなのに何者かにその運命を変えられている】


 オジニャンコによるとあの黒い花の中にはまだ妖精の気配を感じるという。それはそれできつい情報だ。どうやら、バッタ竜巻を起こした賊はこの花にバッタを全て吸収させ更に巨大で強力に成長させるつもりだったんじゃないかとオジニャンコは言う。もうすでにモンスターフラワーなのに、これをさらに大きくすんの? 


「一体なんのために?」

【ここから人族がたくさんいる場所まで腐った魔石の道標を感じる。これをそこへ誘導するつもりだったようだ】


 ロワーの街にこれを襲わせようとしてたってこと? そんな計画、凄い迷惑なんだけど。


「えっと、これはどうすればいいん?」

【浄化してやるといい】


 不思議水を掛けろってこと? この大きさだったら結構な量がいるけど、なんだかオジニャンコとギンから助けてあげて欲しいという気持ちがひしひしと伝わる。ギンちゃんには弱いからなぁ。オジニャンコは知らないけど。それに不思議水を大量に消費するのなら、私も解決したいことがあるんだけど。


「この黒い花を浄化したらバッタ問題は解決するん?」

【この妖精の浄化をしたら、私がこの小物どもを一匹残らず始末してやろう】

「土の中の卵もよろしくお願いしたいけど、本当にそんなことができるん?」

【できる】


 あ、それならやる。ドヤ顔で一匹も残さないと豪語するオジニャンコから言質を再度取り、イカの魔石だった大型の水の魔石をギンから受け取る。


「助けるだえ~」

「うんうん。ギンちゃん、私に任せて」


 といってもこの穴に不思議水をまき散らすだけの予定なだけだけど。


「レッツゴー不思議水シャワー」

「レッツゴーだえ~」


 大量の不思議水が消防ホースから出る水のごとく溢れ出し穴の中へと放出されると、クジラやイルカのハウリングのような音が頭の中に響く。あまりの音の大きさに目を瞑り歯ぎしりをする。


「頭が痛い痛い、痛いって!」


 もう! やめて。放出される水の量を上げる。花も苦しいかもしれないけど、カエデもこの音は苦しい。花が悶え動く度に赤紫の靄が穴の中を満たしていく。靄が徐々に上昇、こちらに迫って来たので水圧の勢いを自分が保てる最大まで上げると宙に足が浮いた。


「あ、ちょちょ。やだ!」

「ヴュー」

「きゃうん」


 バランスを崩して穴に落ちそうになる私をユキとうどんが両足の靴を噛んで止めてくれる。危ないって! もうあんなデンジャラスな花の上に落ちたら終わりじゃん。


「ユキもうどんもありがとう」


 水を掛け始めてから数分、魔石のメーターが初めて減るのを見たところでハウリングが止まり頭痛もなくなったので不思議水の放水を止める。んー、これで浄化できたん? もう少し水が必要? どっち?


【十分だ】

「また勝手に頭の中を読んでるし。やめて」

【カエデは面倒であるな】


 面倒なのは記憶喪失二重人格のオジニャンコの方じゃん! 私の思考をまた読んだのかオジニャンコが顔を逸らし穴の中に視線を移すと、尻尾を左右に振り始めた。

 穴の中に充満していた赤紫の靄が晴れると、名前は忘れたけど以前テレビで世界一大きい花だと紹介された巨大とうもろこしのような立派な花が現れた。あれが本来の姿なん? なんだか先ほどまで感じていた禍々しさはなく、辺りには未だにバッタが飛び交っているのにとても綺麗な空気を感じた。

 巨大トウモロコシの花が徐々に開花すると眩い黄金の光りを放ち粉々に砕け散って消えて行った。


「え? 死んだん?」

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