ここ掘れワンワン

「きゃうん」

「ユキ、うどん!」


 ユキとうどんが遠くからこちらに駆ける。良かった二匹とも無事そうだ。ユキはなんだか少し疲れた表情をしていたので二匹に不思議水を飲ませる。いつもよりゴクゴクと不思議水を飲み干すとユキがオハギを見ながら不満気に唸った。こういう時にユキたちと意思疎通が取れないのが痛い。ユキがすんごく不満なのはひしひしと伝わってくるけどね。


「ユキ、大丈夫?」

「ヴュー」

「ごめんて」


 ユキの機嫌を取るためにオーク肉も与える。ユキは氷の壁を作るとうどんと共にオーク肉を食べ始めた。どんな状況でもみんな腹が空く。

 バッタ竜巻はどうやら廃村を軸に回り始めたようで、四方どこを見てもバッタの壁に包囲されてしまう。ああ、最悪じゃん。ジリジリうるさいし。これ、どうやって抜け出すん? あと、あの巨大オハギをどうしよう。食事を終えたユキと共にオハギを見上げ同時にため息をはいた。

 オハギはバッタ竜巻なんか目にも留めず、こちらに背を向けながら廃村を何度も何度も踏み潰していた。このニャンコなにしてんの……。


「オハギ! 一旦、それやめて」


 バキバキ音とジリジリ音のカオスな中でオハギに私の声なんか届くはずもなく、叫び声は騒音にかき消された。


「カエデ、頭の中だえ~」

「あ、思念か。分かった」


 オハギに向かって思念を送る。


(オハギ!)


 一瞬だけ手を止めこちらを見たオハギだが、再び廃村殴りに戻る。


(オハギ! 何してるの! やめて!)


 オハギは絶対気付いているはずなのに私の呼びかけを無視する。この、ニャンコ妖精め。


(オハギ! オハギ! オハギ! オハギ! ニャンコ妖精!)


 オハギが手を止めこちらに振り向きながら顔を顰める。


【……人族の娘よ。私は今忙しい。遠くで見ているが良い】


 え? この声……。やっと問い掛けに答えたと思ったら、それはホブゴブリン村の鼠ダンジョンで聞いたいつかの中年男性の渋い声だった。後ろ脚で顎の下を掻き始めたオハギに尋ねる。


(オハギなの?)

【私に名前はない】

(それってオハギになる前の記憶が戻ったってことでいいの?)

【記憶? ああ、あんな記憶などいらないはずなのだがな】


 そう何度も繰り返しながらオハギは廃村の破壊活動を再開、完全に更地にした。そこで終わりなのかと思ったけど、今度は更地にした廃村の土を掘り返し始めた。その姿は完全にここ掘れワンワン。オハギ、もう豹じゃなくて犬になってるし。堀り上げられた土の塊がバッタ竜巻を貫き、たぶん冒険者か私兵のいる方角へと飛んで行く。土の一部はこっちにも飛んできたのを急いで避ける。ちょっと、やめてやめて。こんなの泥爆弾じゃん。バッタの障壁で外の様子は見えないけど、アンなのが飛んできたら外にいる冒険者たちも大変だって。


(オハギ、土を飛ばすのはやめて。危ないじゃん。あと、そのホリホリはバッタ竜巻を討伐するためにやっていることなん?)

【バッタ? この小物どもか。こやつらはここへ誘導されている。このような物を作るとは……】

(こんなものって何?)

【私は忙しい】

(ちょっと!)


 それから何度も名前を呼びかけたが完全に無視を決め込むオハギ。


「カエデ、あれあれ。臭いだえ~」

「ん? 何これ」


 ギンが指を差した地面には布と黒い塊があり、そのすぐ近くには赤黒い魔石も落ちていた。黒い塊はよく見れば人で布はその衣服だった。今日、こういうエグい遺体が多くない? もう、十分でしょ。この黒い塊が人なのだと認識しても吐き気などはない。ああ、なんだかこんな状況にも完全に慣れ始めた自分が怖いんだけど。サイコパスに一歩一歩近づいてんじゃん!


(私は日本人、私は会社員、私はカエデ)


 自分への洗脳を終了させ、赤い魔石に触らないように遺体を棒で弄ればポロポロと崩れ落ち人相は分からない。服の大きさから男性だと思われるその遺体に手を合わせ、冥福を祈るとキラリと何かが光ったので棒で掻き出すと銀歯だった。銀歯を割ると液体がトロリと溢れる。見たことのある毒だ。

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