皮一枚

「一体何故このようなことをした?」


 エミルが眉を上げ困惑した顔で責めるような視線を向ける。うん。状況的には何してんだよ、お前って思うよね。完全に私が理不尽に暴れたようにしか見えない。今にも拘束しようとジリジリ遠くから囲んでくる他の私兵に両手を上げ、こちらには敵意がないことを知らせる。


「ちゃんと説明できるから、見てて」


 気絶している男の偽古傷をペロンと剥がす。綺麗に傷は取れたけど、この偽傷は何で出来ているんだろう。なんだか炭のような独特な臭いがする。近くで嗅ぐとよけいに臭い。

 エミルが目を見開き、まじまじと古傷の取れた男の顔を確認する。


「こいつは……アルフではないな」

「傷は偽物、ほら」


 傷が綺麗に取れた男を見下ろしながら言葉を失ったエミルに証拠品の偽傷を渡す。なんだか臭いが手に残って気持ち悪い。エミルが偽古傷を見ながら不愉快な顔になる。


「これは、人の皮だな」

「えぇぇ」


 ちょっと、嘘でしょ! 触って臭いまで嗅いだんだけど! 勘弁して! 手にまだ匂いが付いてるし! 喉にせり上がってくる胃液を気力で飲み込む。ゴシゴシと手を洗う間にエミルは気絶した偽古傷の男を拘束、ボウリング玉攻撃で倒れている私兵のひとりを掴み起こす。


「デニス、アルフはお前の小隊の一員だろ。これをなんと説明する」


 小隊を束ねるデニスという私兵が、偽傷と私兵の格好をした誰か分からない男を交互に見ながら青ざめる。どうやら、このバッタパニックの最中にいつの間にか私兵が賊とすり替わっていたようだ。アルフという私兵はたぶん木箱に入っている遺体の男だ。顔の傷の特徴で狙われたんだろうね。身体の特徴を掴んでいれば、パニックに陥っている間はわざわざ全員が本物なのか確かめたりしない。それにこれはバッタ討伐だし、まさかそんな中に賊が紛れ込むなんて想像できないのは分かる。でもなんのために? このバッタの群れ自体計画されたものっぽいけど……。ああ、依頼はダンジョンの護衛にを選んでおけばよかった。


「最後に本物のアルフを確認できたのはいつだ!」


 エミルの叱責が響けば、大声でデニスが返事をする。


「き、昨日の早朝でございます。身体を水で清めていた時に顔を見たのが最後であります」

「他は? アルフを最後に見たのはいつだ!」


 私兵がそれぞれ目撃情報を言い合う。ああ、もう! これまた私が疑われる状況になりそうなんだけど、伝えないという選択肢はない。ゆっくりと手を上げる。


「えーと、見ました」

「は? 何を見たのだ?」


 忙しく情報を私兵達から集めていたエミルがうとましい顔で尋ねる。


「見た、というか持って……ます。たぶんそのアルフって人の遺体を」


 辺りは一気に静かになり、少しの間、バッタのジリジリ音だけが響いた。

 すぐに私兵全員に敵意のこもった目で見られる。あ、やっぱり絶対勘違いしてるし。今にも飛びかかってこようとする私兵にエミルが手を向け止める。


「待て。カエデ、持って――」

「あ、先に言うけど私が殺したんじゃないからそんな目で見るのやめて」

「持っているという遺体を出せ」

「出すけど、その殺気立った私兵をどうにかして。襲って来るならこっちも容赦しないから」

「分かっている。カエデの事情を聞くまで手は出させない。お前たち聞こえたか、手を出してみろ、私が自ら罰を与える」


 エミルが威厳ある声で私兵に命令すれば、全員が数歩下がる。でも、疑いの眼差しは更に強く刺さる。これ、本当に襲ってこない? まぁ、攻撃されたらこっちも本気で行くだけだけど。


【ギンがビリビリで守るだえ~】

(そうだね。襲ってきたら、特大ビリビリでよろしく)

【特大だえ~】


 収納の魔道具の小箱を出し止まる。


「どうした?」


 尋ねたエミルの顔をまじまじと見る。


「エミルが賊じゃないか確証がないんだけど」

「私は私だ。確証と言われても――」

「口の中を見せて」

「は?」

「そう、歯を見せて」


 エミルに偽古傷の賊の銀歯を見せ、中に毒があると説明する。


「銀の毒歯であるか」

「これ、知ってるん?」

「以前、討伐した賊にそれで自死した者がいた」

「じゃ、話は早いじゃん」


 エミルの口の中を確認。特に銀歯はないが虫歯を指摘すると呆れた顔でため息をつかれる。


「カエデも口を開けてくれ」

「ん。いいよ」


 謎のお互いの口の中の確かめ合いが終了。なんの時間よ、これ。この世界に来る直前に下の銀歯を白い歯に変えていて良かった。


「これで、銀の毒歯に関しては互いの疑いは晴れた。遺体を見せてくれ」


 木箱の中を弄り遺体を引きずり出す。途中で引っ掛かった遺体を取り出すのに数人の私兵が手を貸してくれる。一応、礼は言う。


「どうも」

「あ、ああ」


 サメとアルフだろう二人、それからもう一人の損傷の激しい遺体を並べる。この最後の遺体に関しては正直もう吐くものがないので助かったが、手を貸した私兵の数人は口元を押さえ今にも朝食をリバースしそうだ。リバース大会するなら私から離れてよろしく。


「た、確かにアルフの遺体だ」


 エミルはアルフの額に手を置くと、小さく何かを祈る。他の私兵も次々と全員が黙とうをした。私も手を合わせ故人の冥福を祈る。少しだけ時間を置きエミルに声を掛ける。


「悪いんだけど、私も時間がないから」

「ああ、事情を説明してくれ」









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