初心者ゾンビ

 しばらく走って息を上げる。


「きついって!」


 これ以上トロトロ走ってもバッタ竜巻に追いつける気がしない。車が欲しい。ん? 待って。土の魔石をジッと見る。


「これ、使えるんじゃね?」

 

 石バンバンを放ったり、穴を掘ったりにしか使ってないけど。以前はピックとかネジとか出たし……行けんじゃね? 土の魔石に集中する。


(行ける行ける行ける行ける行ける)


 自分を洗脳、目を閉じ板とタイヤをイメージして台車を作り出す。そっと目を開けると板状の石と丸いボールがあった。これは失敗。


 もう一度……もう一度……もう一度……もう一度。十回目のトライで不格好だけど台車ができる。


「ははっは! やればできんじゃん!」


 とりあえず試乗、風の杖を振り台車を動かせる。杖から風が出る度に台車が押され前進する。おお、結構ちゃんと動くじゃん。でも、地面がガタガタでバランス取るのが難しい。これ以上スピードを上げれば、投げ出されそう。


「行けるとこまでこれに乗っていくか。無理だったらまた走ればいいし」


 死の森でのゴブリン狩りのおかげで緑色の魔石は死ぬほどある。今のところ、ゴブリン魔石は風の杖にしか使い道がない。

 よし、後は自分を台車に縛り付けてと考え足を止める。これ、大丈夫?


「私、死ぬんじゃね?」


 なんだか、この不格好な台車に命を預けるのが怖くなる。安全性はほぼゼロ、カエデスプラッターの未来が見える。


「ギンが守るだえ~」

「ギンちゃん……頼んだよ」


 自分にタオルで作ったパットを全身に縛り付けて、コカトリスの仮面を被る。いや、ギンちゃんは信頼しているよ。けど、ほら一応……死んだら終わりだから。紐で自分を台車に縛り付け、風の杖を振ると台車が動き出す。ガタガタはしているけど、進みは順調だ。ぐんぐんと進む。


「あー、爽快じゃん」

「爽快だえ~」


 五分後、台車から下りタイヤと板の間部分に詰まったバッタを除去する。普通に気持ち悪い。


「時間がないのにバッタが鬱陶しいんだけど」


 やったことはないけど、風と土の魔石を同時に使えば問題は解決するんじゃね? 左手の土の魔石で進む道のバッタを含む土を吸いながら右手の風の杖を振る。あー、これこれ。これ、最高。

 この移動の仕方ならば想定してたよりも短時間でオハギたちと合流できるかもしれない。しばらくすると、領主の私兵が見えるが様子がおかしい。双眼鏡で確認すると数人がゾンビ化していた。


「最悪じゃん」 


 領主の私兵が抑えているゾンビ化した人を双眼鏡で確認すれば、間違えてドアップになってしまう。アップで巻き散らかされる鼻水と涎がグロいって……でも、よく見ればカイのように黒い血管は見当たらないし、動きも遅い。カイとは違い初心者ゾンビだ。 

 そんな動きの遅いゾンビでも力は強い。私兵の盾を奪いそのまま二つに折る。


「なにあれ、怪力過ぎない?」

「臭うだえ~」

「こんな位置からでも? やっぱりあの赤黒い魔石が原因ってことだよね」


 あんなのが野に放たれたら凄い迷惑なんだけど……日本への帰還の仕方を探すどころではなくなる。ゾンビの制御に当たる中心人物の黒髪のツーブロック私兵の元に手を振りながら駆けたけど、忙しいのか全然気づいてもらえなかったので後ろから声を掛ける。


「あの」

「なんだ! 今、忙しい。 ん? お前は例の銀級冒険者の黒煙の――」

「そんな名前じゃないから、ただの……普通にカエデって呼んで」

「ああ、分かった。私はエミルだ。この中隊の隊長だ。それで、カエデはなぜまだここにいる。冒険者はみな、西へと向かったぞ」

「そうなんだ。あれは、どうしたの?」


 初心者ゾンビと果てた私兵を指差せば、エミルが苦々しい顔で返事をする。


「こっちが聞きたい。ローカストの大群に襲われたと思ったら数人がああなって襲ってきた」


 もう確実に赤黒い魔石のせいじゃん。ゾンビ化している私兵は三人だけ。他の私兵もバッタに噛まれたり直接的な攻撃をされたりしているはずなのにゾンビ化はしていない、この違いは何? バッタに噛まれたエミルの腕を確認する。


「これ、いつ噛まれたん?」

「大群に襲われた時だ。それがどうした?」


 エミルの袖を巻き上げ、胸元を開け身体を確認するが特に異常はない。


「おい、やめろ! 何をしている」

「バッタに噛まれた後に何か違和感あった?」

「ばった? ローカストのことか? 違和感とは何を言っているのだ?」

「バッタの一部が体内に入って来たとか?」

「は? 何を頭のおかしいことを言っている」


 そんなかわいそうな子に向ける表情でこっち見るのやめて。飛んでいるバッタを捕まえ、直接触れないように赤黒い目をエミルに見せる。


「ほら、この赤黒くなった目の部分とか」

「目? ああ、確かに赤いな。だが、こいつらは群れて狂暴になれば体を黄色や黒に変える。目の赤いのもそのひとつだろ。どれ」

「あ、ちょっと!」


 エミルが傷のついた手で赤黒いバッタの目を引き千切る。魔石が身体に入る前に取り上げようとしたが、赤黒い魔石は無反応だ。へ? なんで?


「ほう、これは小さいが魔力の源か。このような大きさでは使い物にはならないだろうが……このローカストは進化しているのか? それならば非常に面倒であるな」

「手、なんともないの?」

「何がだ?」

「なんでもない」


 エミルの手をしばらく凝視したけど、特にゾンビになるような兆候もなく平気そうだ。ゾンビと化した三人を押さえる他の私兵の腕や首にもバッタから噛み付かれたであろう傷があるのにゾンビ化なんかしていない……どういうこと?


「あの三人はどうなるの?」

「原因が分からない限り、拘束して隔離する他ない。あ、おい! どこへ行く!」


 エミルの呼びかけを無視して拘束された初心者ゾンビの元へと向かう。







**

本日はコミカライズ刊行記念に2話更新しております。

よろしくお願いいたします。




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