転がる草

 オハギからモヤモヤと禍々しい黒煙が辺りに漏れ充満を始めると、賊冒険者たちは息を呑んだ。黒煙はやがてすぐに一匹の黒いかわいらしい角兎に形を変えた。ちょこんと座る小さな角兎を見たサメが笑い出す。それに賛同するかのように、黒煙に目を見開いていた賊冒険者たちも安堵の表情を浮かべながら笑う。


「弱小の角兎の従魔かよ。なんだよ、それ。驚かせんじゃねぇよ」


 サメの言葉に返事はしない。というか危機感がなさ過ぎじゃね? この賊冒険者たち、昨日の黒煙ショーを見ていなかったん? あの黒煙の威力を知っているからこそ、あんな可愛らしい兎だって恐ろしい。だって、絶対ただの角兎のはずないから。

 オハギが楽しそうに尻尾を振りながら数字を数え始める。


「いーっぴき、にーひき、よーんひき――じゅうろっぴき――にひゃくごじゅうろくひき――」


 初めは一匹だった黒煙の角兎は分離しながら瞬く間に倍増して膨れ上がった。16匹辺りで笑っていた賊冒険者から笑顔が消え、256匹になる頃には完全に恐怖へと変わっていた。私も鳥肌立つくらい恐怖を感じている。角兎も数匹なから可愛いけど、これもうホラーじゃん。どこを見てもうさちゃんズ……しかもちゃんとそれぞれ別個体のようで動きが違う。

 まだ数を数えているオハギに視線を移せば、自分の手を見ながら悩んでいた。


「あれ? 次はごひゃくに、ん? ろっぴゃくさん?」


 そんな大きな数をオハギの肉球プニプニおててで数えられないって。オハギは掛け算が苦手のようで首を振りながら角兎を数え直し始めた。その間もポコポコとウサギが分離しながら増え地面を埋め尽くしていく。


「オハギ、もう時間ないからよろしく」

「分かったの!」


 千を超える黒煙角兎が一気にサメとカイ以外の賊冒険者たちへ襲い掛かる。逃げようと賊冒険者が走り出したが、それは全くの無駄な抵抗ですぐに追いつかれると次々と黒煙角兎が襲い掛かった。


「や、やめろぉぉ」

「あああ、あああ、助けてくれ!」


 黒煙角兎に噛み付かれる度に皮膚が干乾びた老人のようになる賊冒険者たちから絞り出すような叫び声が響く。黒煙角兎は単体では小柄で口も小さい。何百匹と襲い掛かっていても、見てる方からもこのちびちび食い殺される時間は凄く長く感じた。賊冒険者の水気を失った手足が丸くなり始めると叫び声が徐々に消えていった。あー、えぐいえぐい。えぐいって!


「終わったの!」


 オハギがやり切った顔で告げると、黒煙の角兎たちは土の中へと消え、残ったのは転がったミイラ状になった遺体だけだった。丸まった手足と大口を開けて苦しむ表情のままミイラになった賊冒険者たちが風に吹かれズルズルと地面を引きずられ、それはまるで西洋劇の回転草タンブルウィードのように転がっていく。オハギが褒めて欲しそうにキラキラした目を向けてきたので、とりあえず撫でるけど……私の思っていた『燃やす』とちょっと違うからね、オハギ。確かに自重するなとは言ったけど……。

 サメが回転草を見ながら恐怖で目を見開き唾を飛ばしながら叫ぶ。


「ば、化け物! お、お前も魔人だったのか!」

「は? 魔人?」


 魔族じゃなくて? 魔人と魔族の違いが分からない。サメに尋ねようとしたけど、何かブツブツと言い始めた。何を言っているのか分からなかったので、オハギにバッタ竜巻に向かうようにお願いする。


「オハギ、ユキ、うどん……気を付けて。ガークのことお願い」

「ヴュー」

「行ってくるの!」

「キャウン」


 オハギと二匹が去る姿をみながらため息をつく。ガークには完全に情が湧いている。それに、ガークに何かあったらガークの妻や子供たちが悲しんでしまう。それは――凄く嫌じゃん。

 そろそろサメのパニックも終了したかと確かめれば、カイの首にナイフを立てながら辺りをギョロギョロと確かめていた。


「おい! フェ、フェンリルをどこに行った?」

「あそこだけど」


 もう遠く小さくなったユキたちを指差すと困惑の表情から焦りに変わったサメがナイフを持つ手に力を入れカイの首から一筋の血が流れる。


「クソッ、フェンリルが強いだけって話だったじゃねぇか。黒煙もどうせ魔道具だろうって――あんなの魔道具じゃねぇ。魔人じゃねぇか。クソックソッ」

「その魔人って何?」

「お前のことだよ! 黒煙の魔人が!」

「えぇぇ」


 魔人じゃないし。やめて。黒煙魔人のカエデとかいう黒歴史二つ名が登場しそうじゃん。

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