お別れ

「カエデちゃん、もう少し居ても良かったのに」


 私の見送りに来たダリアの母親に手をギュと握られる。


「ありがとうございます。でも、そろそろ戻らないと、向こうで約束した日をすでに過ぎているので」


 マウンテン鼠事件から1週間、手首が完全に完治するまでホブゴブリン村でお世話になった。最初の数日は、会うホブゴブリン全員に村を救った英雄だと神輿のように抱えられて、凄く恥ずかしかった。

 ダリアたちの母親と……なぜかサダコからは必要以上に毎日世話を焼かれた。流石に風呂やトイレの介助までされそうになったのは、断った。勘弁して。

 なんで私とユキたちだけ爪や髪が伸びたのかは知らない。ギンやオハギに聞いても分からないようだった。爪や髪以外は特に何も問題はなかったのでそれ以上は深く考えなかった。もしかして、時間を進めるミールの力の影響かもしれないけれど、それにしては地味だと思った。

 マウンテン鼠の消滅と共にイシゾウもミールも完全に消えたと思ったけれど、消滅の跡地から新しい精霊樹の芽が生え、1週間で私の身長ほどに成長した。凄いね、マジカルツリー。

 イシゾウの死は確かに悲しまれたが、ホブゴブリンの『終わり』は祝福だと盛大にイシゾウの生を祝う宴が二日ほど開催された。宴ではこれでもかというほどに食べさせられ、こっそり隠れて吐いた。長老の後継にはサダコの養父が就いた。

 マウンテン鼠のせいで荒れた麦畑を心配したが、ホブゴブリンはダンジョンのひとつ下の階にも畑がありという。麦畑がなくともしばらく食べ物には困らないらしい。人口に対して畑があり過ぎじゃね?


「カエデさん!」


 ダリアに抱きつかれバンズも続く。この2人ともここでお別れだ。


「2人とも元気でね」

「カエデもまた遊びに来て」


 バンズが抱きついたまま言う。機会があれば必ず来るとバンズの頭をポンポンと撫でる。

 イシゾウに彫られたダンジョンの鍵タトゥー。椿のような花はいつの間にか更にふたつ開花していた。これ以上、大きくなるのは困るんだけど。

 ユキに跨る前にサダコが兄ホブゴブリンと別れの挨拶にくる。


「カエデさん……キヨシの遺品のこと、村のこと、感謝してもしきれません」

「いや、そんなに頭下げなくていいから。ほとんど、たまたまだし」

「それでも、です。お礼には程遠いですが、これを受け取っていただけますか?」


 そう言われ、兄ホブゴブリンからメリケンサックが仕込まれた手袋とニワトリのお面を貰う。え? これ、嫌がらせじゃないよね? 

 サダコが楽しそうにプレゼントの説明を始めたので嫌がらせではないようだ。


「手袋はメタルミノガの糸で作ったので少しは衝撃を吸収すると思います。甲の部分に魔石を挿入できる場所を作りました」


 メタルミノガが何かとサダコに尋ねてすぐに後悔。物凄く詳しく説明されるが、要するに硬い糸を生成する虫。手にはめてみれば、ピッタリのサイズ。


「これは使いやすそう。ありがとう」

「いえ、お面はカエデさんの好きなコカトリスです。使って頂ければ嬉しいです」


 ん? 待って。私がいつコカトリスを好きだと言った? サダコがコカトリスの魅力を語り出したところで兄ホブゴブリンが止めに入る。


「サダコ、そろそろカエデも出発しないといけないだろ?」

「そうですよね」


 最後に優しくサダコに抱擁され、兄ホブゴブリンと握手を交わす。この2人は以前よりも互いに柔らかくなった気がする。それでも兄ホブゴブリンは面倒そうだけど。まぁ、頑張れ、サダコ。


「それじゃ、みんなまたね!」


 ユキに跨り、見送りに来てくれたホブゴブリンたちに手を振りながらダンジョンの入り口に向かって駆ける。手首がキラっと光ったと思ったら、すぐに草原へと出た。 

 後ろを振り向けば、ダンジョンの入り口のある岩場が遠ざかっていく。


 

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