怪奇現象
(え? 今「ありがとう」って聞こえた?)
いやいや。あの妖精の性格からして、きっと気のせいだろう。黒い波に呑まれながら、艶やかに光る桃が最後に見たミールの姿だった。
黒い波の出口は精霊樹の幹の上だった。先にダンジョンを脱出したホブゴブリンの面々が疲れたように座る中、サダコが駆け寄り抱きついてくる。
「カエデさん!」
「ちょっと、苦しいって! 馬鹿力、やめて。それよりもマウンテン鼠はどうなったの?」
「あそこです」
振り返ると、私とサダコがダンジョンに呑み込まれる直前にいた同じ場所で停止した状態のマウンテン鼠がいた。
「何、あれ」
あれ、もしかしてあのまま? あんな大きなオブジェは誰も要らないって。
「キャウン」
うどんの声が遠くから聞こえると、ユキと共にこちらに猛スピードで走って来る姿が見えた。2匹とも大丈夫だったんだね!
なんだか長い間、2匹とは離れていた気がする。2匹が私のいる幹の上まで到着すると、うどんに勢いよく飛びつかれ倒れてしまう。顔をペロペロと舐められるが、口の中はスメル。やめて!
「ちょっと、うどん! 分かったから! もう、やめて!」
ユキは倒れている私を凝視してからぺろりと一回だけ顔を舐めた。
「ユキちゃん!」
ユキに飛びつくと、やや迷惑そうな顔をされたがかまわない。スリスリとユキをいっぱい堪能する。
「くるだえ~」
「来るの!」
ギンとオハギが静かにマウンテン鼠の方向を見ながら言う。
何が? と尋ねようとしたら、マウンテン鼠が徐々に膨らんでいくのが見えた。ぐへぇ。今度は何?
マウンテン鼠は大きく大きく弾けそうなほどに膨れ上がると、一気に縮小。宙が裂け、激しい炸裂音と共に縮小したマウンテン鼠がバースト、巨大なエネルギーに全域が呑み込まれる。
「ヤバイヤバイ」
自然とダンゴムシのようなポーズで急いで身を守ったが、待っても衝撃が来ることはなかった。
「え? あれだけ巨大な何かを放出したのに、ノーダメージ? ん?」
目を開け起き上がると足に違和感。痛い。靴を脱いで確かめようとしたら指の爪が3センチほど伸びている。いや、何、これ。靴を脱げば、同じように足の爪も伸びていた。だから、これ何よ! 目に入った髪を掻き上げれば、髪の毛も伸びている。
衝撃に驚いて尻もちをついていたサダコたちの爪を確認。
「伸びてないし」
「いえ、少し伸びました」
サダコにここが伸びたと爪を見せられたけれど、どこが伸びているのか全く分からないほどの長さだった。
ガリガリとユキとうどんが幹の上で爪とぎを始める。あ、そっちは爪伸びたんだね。
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