脱出
光に包まれ、目を開けると先ほどの場所に戻っていた。ギンもオハギも肩に乗ったままで、サダコも特に私がいなくなったことを気付いた様子はない。もしかしたら、今のは現実じゃなかった?
「カエデ~涙だえ~」
ギンが頬を伝わる涙を途中で止める。
イシゾウとの最後の会話、ちゃんと現実だ。それなら、ここから脱出できる扉も開くはず。ミールが蔑むように笑い吐き捨てるように言う。
【あの老いぼれ、まだ死んでなかったのね。でも、もう終わりは近いわね】
「自分もでしょ」
その言葉に無言になったミールは無視して、解放されたホブゴブリンたちの体力が回復するよう不思議水を飲ませる。天井が崩れ始めると数人が小さな悲鳴を上げる。
「大丈夫! イシゾウ――長老が脱出の道を示してくれるから!」
そう言い終わった直後に黒い長方形の空間が床に現れた。中は渦巻く黒い波。イシゾウ、これ本当に大丈夫? どう見ても出口には見えないんだけど。
――早く行け。
どこからかそんな声が聞こえたような気がした。その声は私だけでなく、どうやら全員に聞こえたようで次々にホブゴブリンたちが黒い波に飛び込んでいく。
最後に残ったのはサダコ、兄ホブゴブリン、私、それからミールだった。
「サダコたちは先に行って」
「その妖精はどうするのですか? それにまだ長老様が――」
サダコがキッとミールを睨みつけるがミールは興味のなさそうに無表情を貫く。
「さっきのイシゾウの声、聞こえたでしょ? 長老命令だよ」
「サダコ、長老様は穏やかな声だった。大丈夫だ。ほら、早く行こう」
兄ホブゴブリンがサダコに手を差し出し宥めるように説得する。
「分かりました。でも、カエデさんも一緒に行きましょう」
「すぐ後ろから付いていくら、先にいって」
サダコはやや納得していない顔をしたが、兄ホブゴブリンの手を取り黒い波に飛び込んだ。
随分と小さく弱弱しくなったミールの身体を崩れる部屋の床に寝かせ尋ねる。
「この結末に満足してんの?」
【さぁね。でも……最後のお願いを聞いて欲しいのだけれど】
「この状況で? 図々しいよ」
【いいじゃない。大したことじゃないわよ。あの子たちを解放して欲しいの。あなたが閉じ込めている妖精たちよ】
すっかり忘れていたがそうだった。迷いの森で面倒な妖精たちを一斗缶に閉じ込めてギンの中に入れたままだった。どのみち、必要がないので解放する予定ではいた。
頷きながら了承すれば、ミールが少し微笑んだ。他を思いやる気持ちがこのクソ妖精にもあったことに驚く。
「一体、何がしたくてこんなことしたん?」
【もう、なんでもいいでしょ?】
「そのせいでイシゾウが犠牲になったのは許さないから」
【ふん。下等生物に許しを乞う予定なんかないわよ】
最後までよく口が回る。もうこれ以上、ミールと話すことはない。立ち上がり、出口の黒い波に向かうとオハギが肩から飛び降り床で寝そべるミールの額を触る。ミールの身体はみるみる小さくなり、小ぶりの桃になった。
【最後は威厳のある姿で過ごせ、愚かな妖精よ】
オハギから聞こえたのはいつものような女の子の声ではなく、中年男性の渋い声だった。え? どういうこと? 情報量多いって!
何もなかったかのように私の肩に戻り、尻尾をピンピンと動かすオハギに恐る恐る声をかける。
「オハギ……なの?」
「オハギなの!」
あ、いつものオハギだ。でも、さっきのイケボは何?
「カエデ~穴、穴」
ギンが髪を引っ張りながら教えてくれたのは、小さくなっていく床の出口。
「ああ! 走るよ!」
急いで出口の黒い波へと走り飛び込んだ瞬間、ミールから【ありがとう】と聞こえた気がした。
いつもご愛読ありがとうございます。
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