マイバレンタイン

 ユキに乗り、見たくもないマウンテン鼠の尻に向かって駆ける。

 サダコにもうどんの背に乗るように勧めたが大丈夫だと断られ、当たり前のようにドヤ顔で疾走するユキと並行してランニング。仲良く(?)目的地へと向かう。

 サダコがユキの横から顔をこちらに向け声を掛けてくる。

 

「カエデさん、前方に入り組んだ場所が見えます」

「サダコ! 前を見て!」


 サダコが行く手にあった大きな岩を簡単に飛び越える。

 サダコの運動神経、どうなってるん? 


「鼠共がいないか、先に確認してきます」


 そう言い残し加速していくサダコ。

 サダコの言っていた入り組んだ場所が見えて来たのでユキが減速をする。爆風の影響からだろう散乱した石や土の塊に精霊樹の根の一部の障害物が重なって道を阻む。ここからは、ゆっくり進まないといけない。

 先行していたサダコが鼠の返り血を浴びて戻ってくる。その姿はまるで赤い一輪の薔薇。どう戦ったらあんなに血が付く。


「凄い返り血じゃん」

「面倒でしたので一気に粉砕してきました」

「……うん。おつかれ。早く先を進もう」


 近づけば近づくほど、マウンテン鼠のその巨体の大きさを実感する。ユキとサダコが慎重に足場を選びながら障害物を避け移動して目的地である尻尾の攻撃がギリギリ届かない範囲に向かう。

 先程からマウンテン鼠が何かをガジガジと齧る音が進む最中に聞こえる。結界を齧っている音?


「キャウン」


 歩きながら返り血が付いた髪を整え直すサダコにうどんが絡みつく。サダコが妖精の血を引くからか、うどんとサダコが触れ合うことに対してユキはノークレームで見守る。私が最初に触ろうとした時と態度が違うくない? 歩くユキの後ろ頭をジト目で見る。

 サダコが嬉しそうにうどんを撫でながら誉める。


「やはり、フェンリルは素早いですね。流石です。それにこんなに人懐っこいんですね」


 歩きながらペロペロとサダコの手を舐めるうどん。目的はサダコに付いているハデカラットの血と肉片だと分っている。やめて!


「それよりも、サダコの体力は大丈夫なん?」

「はい。走ったら不安な気分は晴れました」

「……良かったね」

「はい!」


 清々しい顔でサダコが返事をする。この人、ちょっと脳筋じゃね?

 

 マウンテン鼠に近づくにつれ充満する悪臭と土埃で呼吸をするのがつらく、ゴホゴホと咽ながら顔にタオルを巻く。

 サダコは平気そうだと思ったら、風の精霊魔法で顔の周辺をガードしているらしい。なにそれ、ズルい……。

 目的地のマウンテン鼠の尻尾の届かないだろうギリギリの場所に到着。奴はホブゴブリン村がある方角に夢中でこちらに気づいた様子はない。残骸のように転がる、二階建ての高さほどある精霊樹の根の上に登りながら小声で呟く。


「鼠尻、ドアップだし」


 マウンテン鼠が左右に振る尻尾の勢いだけで強い風が吹く。ユキは更に強くなった芳しい鼠スメルに耐えられなくなったのかさっきから顔を何度も掻いて身体を精霊樹の根に擦り付ける。


「ユキちゃん、大丈夫?」

「ヴュー」

「臭いのは分かったから、すぐ終わるし」

 

 ユキから降り、腹這いになり匍匐前進で進み根の一番高い場所から肉眼で周りの状況を確認。


「これは、酷い」


 双眼鏡で既にある程度の状況は把握していた。でも、実際に直視する爆発地点だっただろう周囲の被害は遠くから見ていたより酷い惨状。


「更地じゃん」


 爆破とマウンテン鼠の尻尾ブンブンのせいで、あれほど青々としていた辺りの麦畑は面影もない。これ、ホブゴブリンたち相当ブチ切れてんじゃない? 食い意地が凄いし。

 ドンと体の芯に響くような音と共に大きな揺れに襲われ土が飛んでくる。その勢いで伏せていた根の上から投げ出され地面へと一直線に落ちて行く。落下の着地点にある石や尖った根が視界に入る。絶対痛いやつ! 目をギュと閉じると急に浮遊感から解放される。

 開いた目に映ったのは黒煙とビリビリの玉が私を押し上げ、その下には氷の大きな玉があった。え? これ、みんなの魔法? 

 助かったと思った瞬間にパンパンと黒煙とビリビリ玉たちが割れ、氷の玉を滑りながら再び地面へと落下。


「えぇぇぇ」

「カエデさん、大丈夫ですか!」


 落ちる私をサダコが空中でキャッチ。ありがとう、サダコ! でも、この体制……お姫様抱っこだし! 

 サダコにお姫様抱っこをされたまま地面へと生還。「無事でよかったです」と微笑みながらゆっくり降ろされる。

 もうサダコ、王子様じゃん。ということは私がお姫様になる。お姫様……フッと笑い、顔に付いた泥を手で拭いながらみんなに礼を言う。


「みんな、本当にありがとう」

「だえ~」

「落ちたら痛そうだったの!」


 ユキは澄ました顔をしているけど、急に飛んで行った私を焦って追っていたのはちゃんと見たから。ツンツンとユキを突くと前足で手を叩かれる。酷くね?


「カエデさん、それよりまた来ます」


 サダコの視線を追えば、マウンテン鼠の打ち付けられた尻尾が上がっていくのが見た。同時に、掬い上げられた土の塊が投石攻撃をされているかのようにこちらに降ってくる。


「えぇぇぇ」


 尻尾の直接攻撃は届かなくてもここも普通にデスゾーンじゃん!

 再び尻尾が振り落とされる前に地面に石の魔石で穴を掘り、その中に全員で避難。直後に先ほどと同じ衝撃の揺れを感じ、穴の中でパラパラと頭に降った土を払う。これ、やっぱり無理だって!

 穴から顔を出してサダコと共に尻尾の動向を確認。再び尻尾ブンブンタイムに入るかと思いきやマウンテン鼠の上半身が左右に大きく揺れ、顔部分が大きな水玉に包まれるのが見える。これは……ホブゴブリンの攻撃? もしかして、溺死させようとしている? 今がチャンスかも、これならユキに乗れば下からでも尻尾の付け根に攻撃できる。行ける。


「カエデさん、尻尾の動きが止まっています。今です!」

「あ、ちょっと!」

 

 反論する間もなくサダコにお姫様抱っこをされ、そのまま宙を蹴りながら上昇する。ギンとオハギの笑い声が聞こえ、小さくなっていくユキとうどんが見える。


「このまま近くまで突っ込みます」

「やめて!」


 ちょっとこの脳筋どうにかして!

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