石じゃないところに花が咲いた

 イシゾウ……石像? それとも石蔵? いや、それは重要じゃない。

 キヨシのイシゾウってネーミング、外見そのままの名前じゃん。はっきりしていて、嫌いじゃないけど。


「うん。イシゾウ。良い名前だね」


 心なしかイシゾウが微笑んだ気がした。

 

【カエデは我らの子の恩人だ。好きなだけ村で過ごすと良い】

「ありがとう。でも、数日後には去る予定だよ」

【そうか。それなら、いつでも戻ってこられるようここに手を入れなさい】


 イシゾウの腹付近が口の形のように開く。何これ……真実の口じゃん。

 開いた口の中を見るが暗くて何も見えない。うーん。ここに手を入れろって? 普通に嫌だって!


「なんで手を入れないといけないの?」

【このダンジョンへ自由に出入りできるようにだ】

「それって家の鍵じゃん。そんなに面識ない人に家の鍵を渡すのって不用心じゃない?」

【ホブゴブリンの信頼の証を受け取って欲しい】


 信頼の証って……。確かにダリアとバンズは送り届けたけど、イシゾウとは数分しか会話してないのに、信頼って?

 大丈夫だから早く穴に手を入れろとイシゾウに急かされる。

 もう一度、イシゾウの腹に開いた口形の穴を覗く。蜘蛛とかの虫がいそうなんだけど……。

 肩に乗っていたギンも穴が気になったようで、口形の穴を一緒に覗く。


「大丈夫だえ~」

「ギンちゃんがそう言うなら……」


 恐る恐る口穴に左手を入れる。手首まで入ったところでイシゾウを見上げ確認。


【もっと奥まで入れなさい】

「えぇぇ」


 ため息をつき、グッと穴の奥まで手を入れる。肘まですっぽりと入ったところで手が何か硬い物に当たりこれ以上は進まない。


【少しチクっとするが、動かないように】

「は? 聞いてな——痛たぁあぁぁい!」


 無数の針でチクチクと何度も何度も手首が刺されるような感覚。我慢をできなくはないが、痛いものは痛い。


(妖精ってどいつもこいつも説明不足じゃね!?)


 もう少し色々と詳細を抜かさず説明して欲しいんだけど!

 チクチクがやっと終わったと思ったら、今度はグワっと手首の辺りが熱くなる。


「熱いんだけど!?」

「大丈夫だえ~」


 ギンちゃん! 何が『大丈夫だえ~』なん!?

 熱さが引くとイシゾウに終わったと言われ、素早く口穴から手を抜く。イシゾウに開いていた穴は石で埋まるように閉じていった。

 手首を見ると、木の枝に赤紫の花が咲いた——


「げぇ、これタトゥーじゃん! ちょっと! なにしてるん!」


 タトゥーを拭ってみたが、本当に取れない。永久保存版じゃん。やめて。


【信頼の証だ。綺麗に咲いたな】

「おい! 石ころ! 何を勝手に人の手首にタトゥーを彫ってんの?」


 何か綺麗に咲いただ。クソ石ころめ。手首にタトゥーとか、やめて。

 

【キヨシと同じ反応なのが懐かしい。そう怒らなくとも私以外にはそれは見えない】

「え? そうなん?」


 ダリアとバンズも手首にタトゥーされているらしいが、確かに何も見えない。

 日本に戻っても見えないままなのか不安だけど、ひとまず安心……なのか?

 手首をもう一度見る。木の枝に咲いた花は椿のようで確かに綺麗ではある。


【確かに綺麗だ】

「思考を勝手に読むのやめて」


 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る