イカ戦

 三月半ば、森には残雪ざんせつがまだ残っているが、気候は随分暖かくなってきた。

 今日は、水の補充の為に湖に来ている。木の影からイカがいないかチェックする。床収納にあった水の魔石も持ってきている。水を吸うかは既に実験済み。魔石を並べると、同じ水の魔石でも色合いが違う。床収納にあった魔石の方が濃い水色だ。

 ユキたちもだが、ベニやゴキちゃんズも付いてきている。総出での湖ピクニックだ~。


(湖のあいつかえ?)

「そう。知り合いなの?」

(いつの間にか湖に住み着いておった。かれこれ百年以上前か? 凶暴な奴ぞえ)


 あのイカ、そんなに長生きしてるの?

 イカの気配がない内に急いで水の補充に行く。ユキたちは、いつも通り湖の方には近付かない。ベニは、肩に乗って私の髪の毛を掴んでいる。


「ユキたちにも厳しい相手なのかな。イカは」

(水中戦に持っていかれたら不利だえ)

「確かに…でも、大猿はイカに勝負を挑んでたよ」

(脳筋の間抜けだえ)


 その通りだろうけど…ベニは口が悪い。

 二つの魔石を湖に浸けて水を吸わせる。ネックレスの魔石は、もうこれ以上吸わないな。濃い色の魔石は…あれ? いつまで吸うの?


 ザブーン


 大きな水しぶきと共にイカの足が見える。水の魔石はまだ吸い終わっていないが、一先ず森に後退だ。

 浮上してきたイカの本体はやはり大きい。ワイバーンにやられた傷も完全に治っている様だ。

 イカは、こちらとは別の森に向かって蝕手を伸ばしている。


「キキーキー」


 双眼鏡で覗く。あれは子猿か? 

 自然界って厳しいよね。親だろう大猿が立ち向かっているが、蝕手に妨害されている。


「キーキーキー」


 悲しそうな子猿の声が湖上に響く。


 ああ! もう!!


 このまま、子猿が食べられてしまうのも後味が悪い。距離があるが…イカの目玉を狙い土の魔石から石の弾丸を放つ。


 ズキュン


 バシン


 痛ーい!!


 弾丸を撃った反動で自分の手で顔を殴ってしまった。今までこれ程に威力がある攻撃を出して練習をしていなかったツケだ。


(やはり、阿呆じゃな)


 イカはどうなった? 痛い頬を摩りながら、双眼鏡を覗く。

 イカの目に石の攻撃は命中しなかったけど…どうやら眉間の上部分に当たったようだ。子猿は? どこだろう? 無事解放されたことを祈るばかりだ。

 途端、イカからピッチの高い音が広範囲にとどろく。何、この脳裏に響く音…湖の水も振動してる。

 ユキたちも、イカの出す音に釣られて遠吠えをし始める。


 振動音が鳴り終わると、イカの周りは黒い液で覆われていた。墨? 

 墨で覆われたイカは、ギョロギョロとした目が余計に際立つ。

 双眼鏡越しにイカと目が合う。

 あー。めっちゃ怒ってるな。凄い勢いでこちらに向かってくる。今度は両手で石の魔石を支えて石の弾丸を放つ。またもや眉間の上に命中する。

 再びイカ墨がプシャーと飛び散る。ああ…湖が汚れる。

 近くのほとりまでイカが接近して、湖から出てくる。


「あーベニさん。あれって湖から出て来れるの?」

(…そのよう…カエデ! 逃げるぞえ!)


 急いで森の奥に向かって走り出す。後ろからは、ズルズルと大きなものを引きずる音に、ミシミシと木の折れる音が聞こえる。


「ヴゥー」


 ユキから無数の氷柱が飛び、イカの右の長い触腕を切り落とす。

 うどんの氷柱は、イカの左目に突き刺さる。

 好機だ。連続して石の弾丸をイカの眉間に撃つ。腕が痛い。ダメだ。これ以上は撃てない。

 イカは、立て続けの攻撃にフラフラしている。それでも、こちらを見る右目には殺気がこもっている。風の杖に切り替え、無数に伸びてくる足を切り落とす。

 残った左の触腕で、木を根から抜き投げつけてくる。ギリギリで避けたけどさ…勘弁して! 調子に乗ってどんどん木を投げつけてくるイカ。ユキたちも安易に近づけなさそうだ。

 このままの距離だったら、木を投げてくるイカの方が有利だ。


「キャウン」

「うどん!! ユキちゃんお願い!」


 イカの放った木がうどんにぶつかる。うどんは立ち上がったけれど、足元がおぼつかない。うどんはユキに任せる。

 イカの狙いは未だうどんに向いている。


「ベニも肩からおりて、奥に逃げて」

(分かったぞえ。カエデ、いざとなったらこれを使え)


 ベニに渡されたのは、黒いキノコ。えーと、これを使え…って…どういう事かなベニさん。

 聞こうと下を見るが…ベニは、ゴキちゃんズの背中に乗って、森の奥へと脱兎のごとく走っていった。逃げ足速くね!?


 気を取り直し、風の魔石を補充する。先程湖のほとりで拾っておいた大量の小石を風に乗せてイカへ投げつけ攻撃する。イカは、残された右目を触腕で庇う。


 今だ。


「やあああああああ」


 床下収納にあったキラキラスパスパ剣で、残りの足を切断しに行く。目の部分は、高すぎて届かない。イカは二階建て程の高さだ。それなら、地についている足を全部切り落としてやる。


 怖い。


 イカに近づく程…奴の大きさを実感する。でも…今はそんなの気にしてられない。



 



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