君を待って駆ける


 ◇



 そこにも、桜の花が咲き乱れていた。


 オヤシロは、大角だいかく市の中央を北東へ進んだ山のすそ野の一角だった。旧字体の古い新聞記事に、神隠しの記載があったのだ。遊んでいるうちにいなくなった子どもが複数人、この山すそのやしろで発見されたというニュースだった。子どもたちは姿を消していた間の記憶はまったくなかったが、ただ『かくれんぼをしていた』という。


 そこで、この場所で間違いないと、警察車両が列をなして急行した。ちょうど那世が奏を見つけたタイミングと前後してのことだったので、もう《見つかる》ことを恐れることもなかった。


 そこにあったはずの社は、なんらかの事情で移されたのか、もう影も形もなく、ただ、見事な桜の巨木が、一本。人の手の名残りとして枝を広げ、花を雨と散らしていた。


 奏を預け、白バイを駆って那世がオヤシロに辿り着くと、そこにはもう一足先についた南方や大西の姿があり、桜の樹の周りには人が溢れ、ざわざわと騒がしかった。どうやらその桜の樹の元、隠されていた人々が姿を見せたらしい。


 意識なく、眠った状態で樹の根元に現れ出た人々は、やがて順次目を覚まし、事を知らない最初の方の被害者たちは、ここはどこだと慌てふためいていた。それをなだめて事情を説明しながら、念のためと病院へ連れていく。


 その一連の手続きに人々が行き交う中に、見慣れた小さくも頼もしい背中と、パープルピンクの毛むくじゃらの姿があった。アレクサンドリアの向うには、目覚めたばかりらしい長洲野や、大西、染崎がいるのも見える。

 だが、事態が解決を迎えたはずなのに、空気が緊迫していた。柳眉を訝しさに寄せ、那世は歩み寄りざま、問いかける。


「どうしましたか?」

「それが栃田洋平と麻衣さんの姿が見えないのよ」

 厳しい顔つきで、南方が口早に答える。

「一番最初に異能で隠されたふたりだから、他の人より、目覚めるのが早かったのかも。だとすると、人目のないうちにどこかへ行ったってことも考えられるわ」

「いま山狩りをする手配は指示したが、事態は急を要する。麻衣さんを連れて行った洋平が、なにかをしでかす前に見つけんと」


「……班長、ところで、北瀬は?」

「え? 北瀬なら、そこでまだ寝て……ないわね」

 考え込んでいた那世がふいに話の流れを切って出した片割れの名。それに、南方が桜の樹を指し示すも、そこに北瀬の姿は影も形もなかった。


「え? いつの間に? さっきまではいたのよ。見た目ばかりは桜の妖精の王子様みたいなたたずまいで寝てたんだけど」

「目覚めた瞬間、妖精の王子様から狩猟犬にモードチェンジしたんじゃないでしょうか……」

「う~ん、状況把握能力に優れてるばかりに、すぐにここにいない夫妻に気づいて探しに行っちゃたかな……?」


 アレクサンドリアを抱きしめる腕からこぼれた言葉に、長洲野が苦笑気味に頭をかく。おそらく、目覚めた北瀬が声をかける寸暇も惜しんで追ったのは、マンションで覚えのある匂いの名残りだろう。

 那世は、盛大な溜息を落とした。


「あいつ、また、人が目を離した隙に……!」

 まだ桜に攫われてくれていた方が探しやすい。行動力と瞬発力の塊にジェットエンジンを搭載している場合、目を離すと消えそうなのではなく、消えているのだ。本当に、困ったことに、勝手に、どこかへ。


「じゃ、那世あいぼう、よろしく」

「あいつ、原則バディ行動をなんだと思ってるんでしょうね……」

 南方に力強く背中を叩かれ、那世はもう一度特大の溜息をで愚痴ると、ぐるりと一周、あたりに首を巡らせ、すぐさま走り出した。


 那世が走り抜けていった方角をよくうかがってみれば、木の枝が不自然に折れている。誰かが目印に折ったのだ。だがこの車のヘッドライトが照らすだけの暗闇の中、一瞬でよくそれに気づけたものだ。


「うん。北瀬を見つけるのは、那世に限るわ」

「追いつけますかね?」

 満足げに頷く南方に、長洲野が尋ねる。とはいえ、答えは分かっている響きがあった。南方は赤い唇に笑みをひく。


「それはもちろん、大丈夫よ。北瀬は那世が必ず来るって知ってるから。那世が追いつけるようにしか、駆けて行かないわ」

「でも……追う必要がないようする配慮は、ないんですよねぇ」

「そこはまぁ、北瀬だからね」

 頷きながら柔らかに那世へ同情する笑みに、南方は肩をすくめた。





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