case.4 かくれんぼ
集団失踪
もういいかい まあだだよ
もういいかい もういいよ
はやく 鬼の子を見つけてね
みんな隠れて いつまでも
だぁれも探せず 終わらない
+
はらはらと舞い落ちる薄紅の花びらが、澄んだ金色の髪先をかすめていく。いまを盛りと咲き誇る桜の花。その樹の下に佇む、男性にしては細い輪郭が、青い瞳を細めて樹上を見やる。さしかかる陽射しが、淡くその髪先で溶けていた。白い肌が映える首筋、すらりとした姿は、薄青い空に翻る花嵐の向うへ、いまにも霞んでしまいそうだ。
「――なんだか、目を離すと消えてしまいそうですね」
遠目にその姿を見つめ、
それに思わず、那世の眉は渋く寄る。彼女にはアレが、桜攫う風に、いまにも連れていかれそうに見えるらしい。
「……そうですね。いつも放っておくと、どこかに行きそうで……気が気じゃありません」
そう吐息とともにこぼして、那世は桜の元へと歩み寄った。その背を見やる女性には、彼が意図した意味では聞こえていないだろうが、訂正するのも億劫だ。
「なにを見ている?」
風もないのにいやに散る花びらのもと、那世が問えば、彼の相棒はその儚げな横顔を動かさないまま、樹上を指さした。
「さっきからメジロがヒヨドリと、すんごいバトルしてる」
「どうりで桜が散るわけだな……」
お前そんなくだらないものを熱心に眺めていたのか、と言ってやる気力も湧かず、那世は無気力にこぼした。
見上げれば確かに、ひとまわりは大きいヒヨドリ相手に、緑の小鳥がピーチクパーチク、強気に喧嘩を売りに行っている。
「で、お前はどっちを応援してるんだ?」
「いや、民事不介入だから、中立で見守ってる」
「あれ、民事か?」
喧嘩の線引きは難しいが、暴行罪、傷害罪、といった単語がよぎり、那世は首をひねる。
だが、桜の枝の乱闘に、いつまでも付き合ってやれるほど、彼らは元来暇ではない。その上いまは、時間もない。
今日、このデザイン事務所を訪れたのも、仕事のためだ。
こじんまりとしているが、ガラス窓を多く広く使用し、開放的な雰囲気と涼やかさを纏った社屋。そこから見える内装も、掲げる業種に恥じなく、洗練されている。
そして、極めつけが、この敷地内の桜だ。清楚な華やかさで、空間全体を彩っている。
那世ひとりに取次ぎを任せ、
「行くぞ。取締役に話を通してもらえた」
那世のうながす先、入り口の傍らで、受付の女性が微笑んでいる。待たせ過ぎては心象も良くなかろう。こちらは、ご協力に感謝する身だ。
「じゃ、急ぎお話、聞きに伺いますかね。集団失踪事件――リミットは、あと五十六時間だ」
スーツの襟を正して踏み出した北瀬の髪を風が攫う。散り荒らされる桜の花を舞い上げて、風の指先はどこへともなく消えていった。
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