情報提供者
◇
雪がちらつく白い道は、車の走行音すらその静謐のうちに溶かし沈めるようだった。曇り空のせいもあっていっそう早く訪れた夜は見る間に深まり、暗闇の中、街灯が雪にけぶりながらぼんやりと灯っている。
金糸の髪が朧な街の明かりに揺れる。北瀬だ。新しい靴の快適な履き心地とともに、だいぶ歩き慣れてきた雪道を踏みしめ、彼は車の窓を革手袋の手でこんこんと叩いた。
「ご協力ありがとうございます」
開いた助手席の窓から警察手帳をかかげ、運転席を覗き込む。こぼれた吐息が白く煙った。車内に染みついたヤニ混じりの臭いが、淡く微笑む彼の鼻先を過っていく。
「いや、来てもらいたいって、こっちが頼んだからな・・・・・」
ぼそぼそと、車内でもなお目深に帽子をかぶりこんだ男は言う。瘦せ型で、歳は四十は半ば程であろうか。自分から呼び寄せたものの、警察官という緊張からか視線を合わせようとしてこない。
彼が昨日、北瀬を名指しして電話をかけてきた情報提供者であった。
電話口で〈あやかし〉だと告げた男は、二十年前、被害者のひとりの住まいの近くに居住していたという。そして当時たまたま、その被害者の家の側を通りかかった時、不審な男を見かけ、その落とし物を拾ったそうなのだ。
だが往年の捜査時、被害者宅に近かったために、何度か警察に事情聴取に訪れられ、嫌な思いをしたらしい。それゆえ警察は信用できないと、昔日には男の存在も落し物のことも告げず、今日まで沈黙していたという。だが、記者発表で北瀬を見て、契約者である彼個人になら協力出来そうだと申し出てきたのだ。
拾った落とし物に気になることもあるので、電話ではなく、実際に見せながら当時のことを伝えたいという。しかし、署の方へ足を運んでもらえるかと問えば、それは怖いと断られた。ならばこちらから自宅へ訪ねると提案すれば、それも嫌だという。出来るかぎり匿名で秘密裏に済ませたいので、名前や住所を警察に伝えたくないのだそうだ。ではどうすればよいか尋ねれば、個人としての北瀬に協力したいので、警察を離れたところで会いたいのだと言われた。指定の時間に署から少し離れた場所で車で待っているので、来てほしいとのことだった。
どんな情報にせよ、聞いてみなければ真偽の区別も、有用無用の判断もつけられない。そのため男の希望を飲むことにしたのである。
「あ、携帯の電源切って乗って。ペースメーカー、つけてるから」
助手席のロックを外すとともに、男は口早に指示した。北瀬は了解の意を伝えると、見えるように職務用も私物も電源を切って、助手席へと乗り込む。
「あと、あんた、本当に契約者なんだよな・・・・・・?」
「ええ。確認しますか?」
左胸を示せば、無言で男は頷く。ご安心をいただけるなら、と、北瀬はコートのボタンを外し、シャツをくつろげてその胸元の痣を見せた。それで男の固く張り詰めた気配がいささか解ける。
良かった、と呟いて、男がアクセルを踏み込んだ。それに北瀬は驚きに目を瞠ってみせる。
「このまま車内で、という話では?」
電話口では、車の中で話そうということになっていたのだ。そこならば警察署でもなく、個人情報を伝える必要もないうえ、秘密の話がしやすい。だが、男は神経質そうにかぶりを振った。
「車の中は、やっぱり落ち着かないから話しづらい。狭いんだ、ここは。だから、このままうちまで案内する。そこで話す」
車は大通りを抜けると、あまり広くない脇道の方へすみやかに走り込んでいった。いまさら止めろとも、戻れとも言えない様子だ。北瀬は聞き分けよく、分かりましたと微笑み頷いて、シートベルトを引っ張り出した。
「・・・・・・腕、怪我でもされてるんですか?」
ハンドルの握り方が独特で、北瀬がふわりと首を傾げれば、昔怪我をして麻痺が残ったと短く答えられた。
「それはご苦労されたのでは?」
「ああ。いまも力がいる仕事は上手く出来ないのが腹立たしいよ」
口惜しげに呻いて、男はまたハンドルを切った。ずいぶんと曲がって、細い道ばかり通るものだ。
話しづらいと言い放ったとおり、男はあまり会話をしたくないようで、北瀬が口を開かなければ、黙したまましきりにルームミラーやサイドミラーを気にして、彼の方に目を向けようともしなかった。赤の他人同士が同じ空間を共有した時独特の、肌触りの悪い静寂が車内を満たす。
手持ち無沙汰に、北瀬も男にならってルームミラーへ視線をやった。整理の苦手な
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