第3話 友だちの関係
暖かな日差しが降り注ぐ昼下がり。昼の休憩時間にたむろしているアーノルド達にまざって、カートもいる。
最近の話題はもっぱら、アーノルドのドアナでの武勇伝だ。
普段から彼らと一緒にいる事は多かったけども、会話にそれほど参加する事もなくて、話を振られれば返事をして、といった付き合い。
そんなカートだったが、いつからか考えに沈み込んで普段以上に一歩引いている状態で、この日も少年達のおしゃべりの輪の中に身を置きながらも心ここに在らず。
「カート?」
細身の少年が声をかける。
はっと気づいた様子で慌てて振り返るカートに、垂目がちな彼は心配そうな表情をする。
「最近、なんか元気がないよな。どうしたんだ」
「え、そうですか?」
「婚約した彼女と上手く行ってないの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「気晴らしが必要なら付き合うけど」
気晴らし、という単語にアーノルドが即座に反応する。
「何処かに遊びにいくか?」
アーノルドの遊びだなんて嫌な予感しかない。
「いえ、そういう気分ではなくて」
カートの翳りある表情に、アーノルドは困惑の表情を浮かべる。
カートは初めて会った時にあった硬さが抜けて、随分と表情豊かになっていたのに、ここ最近は昔に戻ったかのよう。
まわりの空気を読んで気を使い、自分を押し殺している感じの。
アーノルドの無事帰国を本当に喜んでくれ、その日は明るい笑顔を見せてくれたのに、普段はこんな感じになってしまっている。あの笑顔がもっと見たいのに。
「俺、やってみたい遊びがあるんだよな」
カートの話を、全然聞いてないようにアーノルドは続ける。実際、人の話なぞ聞いてはいないのがアーノルドという男である。
「庶民的な事を最近、やってみたくてなあ」
「な、なんでまた」
狼狽えて答えるカートに、細い目がまっすぐに向けられる。
「俺としては、おまえともっと親交を深めたいと思っている。だが貴族の遊びなどおまえには出来ないだろう? だったら優秀な俺様が、庶民の遊びの方を覚えてやるのが手っ取り早い」
相変わらずの謎理論を展開するのを見て、カートが心からの明るい笑顔になったので、細身の少年と太目の少年は顔を見合わせて、ほっとした顔をした。
こうして今度、休みを合わせて近くの森に魚を釣りに行き、少年達だけでキャンプをしてみようという話になったのだ。
しかしキャンプに行くという話に、ピアはいい顔をしなかった。
腕を組んだまま許可の返事をしてくれないので、カートはその前で居心地悪く言葉を待っている。
カートの体調もあれからずっと安定しているし同年代の交流も大事だとは思うのだが、彼が魔法の力を失っている事を旅団は知る由もないはず。
再び狙われる事が、ないとは言えないのだ。
人形の修理はまだ終わっていなくて、人形でついて行く事もできない。だからと言って大人がついていけば興ざめだろうし。
「だめですか?」
「旅団の問題が片付くまでは、ダメだな。我慢して欲しい」
「……わかりました」
しょんぼりとしている少年を見るのは辛かったが、致し方ない。カートも理由が理由だけにすんなり諦めた。
しかし、アーノルドが諦めてくれなかった。
「せっかく休みを取ったしなあ」
細身の少年と太目の少年はまだ休みを申請していなかったが、アーノルドは返事も待たずにさっさと休みをカートに合わせて取っていたという。
「キャンプは無理でも、街中で一緒に遊ぶのはどうだ」
「人気のない所に行くのがダメと言われてるだけなので、街中なら大丈夫だと思います」
こうしてカートは、アーノルドと二人で街を散策するという謎の休日を過ごす事になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
待ち合わせ場所は中央噴水の傍。
少し早めに家を出て来たのに、アーノルドが先に来ていた。
「すみません先輩、お待たせしましたか?」
「今、来た所だ」
普遍的なデートのやり取りをしたが、カートはデートがどういうものかわからないので気づかず流す。
制服でないお互いが少し新鮮である。
「カートは行きたい所があるか?」
「父のお墓参りに行っておきたいんですがいいですか?」
「構わないぞ。婚約の報告か」
「ええ。本当はフィーネと行きたいのですが、何故か墓参りはしばらくダメと言われてて。今日、こっそり行ってみようかなと」
花屋で百合を購入し、ヴィットリオの眠る墓地に向かうと墓の周辺を少し掃除してから花を置く。
墓石を前に膝をついて手を組み合わせ、しばし祈りを捧げつつ婚約したことを報告する。
顔を上げた時、すぐ隣に新たに作られた墓の存在に気付く。
「あれ?このお墓は無記名なんですね」
「本当だ。場所だけ確保して、まだ使ってないのかもしれないな」
「そういう事ってあるんですか?」
「知らないけど、こういう人気の墓地は場所取りもあるかもしれない」
「なるほど」
なんとなくカートは納得した。
それじゃあ街の散策をしようと先に立ち上がるカート。続けて立ち上がろうとしたアーノルドは、置かれた百合の傍に光る物を見つけ、手に取った。それはカートの婚約指輪。
緩いからと頻繁にいじっていたが、花を置く時に抜けてしまったようだ。
「……」
アーノルドはそれを拾うと、カートに渡さずに上着のポケットに入れ、カートはそんな不自然な動きをするアーノルドに全く気付かなかった。
街歩きをする二人。
アーノルドは庶民の店をあまり知らないので、想像以上に楽しめている。食べ歩きなんかも生まれて初めてだ。
満喫していたが途中、空が厚い雲に覆われたと思ったら突然、大粒の雨を落とし始めた。
「ピアさんの予備の家が近いので、そこで雨宿りしましょう」
カートは鍵を持っていたので、しばしこの雨をそこでやり過ごす事にし、アーノルドも同意した。
二人でタオルを被り、リビングで髪を乾かす。
「暖かいお茶を淹れますね」
カートが台所に行く。アーノルドはポケットに触れて、指輪をどうするかを考える。何故渡せずにいるのかわからない。だがなぜか、指輪をしているカートを見るのが辛くて。
ぎゅっとポケットの外側から指輪を握りしめる。
カートが卓上にお茶を置いていて、不意に何か物足りない事に気付く。
「あっ!」
「どうしたんだ?」
「どうしよう、指輪を落としちゃったみたいです」
キョロキョロとカートは周囲を見渡す。
アーノルドはポケットを再度強く握った。
「何処で落としたんだろ……家の中だといいけど」
カートは床に這いつくばって、ソファーの下を覗き込んだ。
くしゃくしゃに丸められたメモ用紙が落ちている。
「もう! ピアさんってば、こういう所が雑なんだから」
綺麗好きなのに、物の扱いは適当。粗雑に置きっぱなしにしたり、投げ置いたり。こんなふうにゴミを放置する事もある。
そして捨てているかのようなグシャグシャのメモも、後で必要になったりするから質が悪い。
カートはそのメモの内容が、捨てていいものかを確認するために広げてシワを伸ばす。
『カート君の魔法は俺が引き受ける。だから少し時間をくれ』
「え?」
カートは目を見開いてメモにくぎ付けになる。
ピアの字ではなかった。
自分を「カート君」と呼んだのは誰だったか。
――まさか。
ヴィットリオの傍にある、無記名の墓碑が脳裏をよぎる。
――……まさか……!
カートはメモを投げ捨てると、荒々しく降る雨の滝の中に飛び出して行った。
「お、おい!」
アーノルドもカートを遅れて追う。
雨の中、少年は墓地に向かって走る。
そしてヴィットリオの墓の隣の無記名の墓碑の前に立ち尽くした。
「もしかして、ダグラスなの……?」
――僕の代わりに? 僕の、代わりに死……ん……だの?
「う、あ、……ぁああああああぁぁぁぁぁぁァァァっ!!」
カートは墓碑に両手をついて、泣きながら叫んだ。
その慟哭は、悲鳴と言ってもいいもの。
アーノルドは茫然と、その光景を見ているしかなかった。
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