最終章 道を示すもの

第1話 ドアナの王


 天幕の中で作戦会議は続く。


 現在の状況は、王が兵たちの妻子を人質として取り、この王の元でのみ甘い汁が吸え、優遇されていた一部の貴族や兵士がそれを見張るという構図。

 一般の兵たちは家族のために、城を閉ざしている状態だ。


 同国民で傷つけあう事を恐れ、お互い何もできずにいる。

 王の傍に捕らえられている人質を解放しない限り解決の方法がないのだが、城は完全に閉ざされ誰も入る事が出来ず、長らくこの状態。戦争であれば補給路を断つ事で最終的に開城させる事も出来るが、今回の場合は人質が真っ先に餓死する事になってしまうから、食料の搬入は続けなければならない。

 王は食料の搬入は許すが誰一人として入城させず、もし侵入者があれば、侵入者の数の人質を殺すと宣言していて、最早一国の王とは思えない乱暴さ。


「父王一人のために、多くの人が苦しんでいる」


 そう独り言ちるアメリアの母と妹も、人質として城内に囚われていた。無事であると信じたいが、民衆の士気を上げるためにアメリアが王子であることを公表したので、王をたばかった罪でもう処刑されてしまったかもしれない。


 その事に触れて重苦しくなる空気の指令室でもある天幕に、朗報ともいえる情報が飛び込んでくる。


「リドリー三世からこのような宣言が!」


 駆け込んできた民兵が、手に持つ書状を地図の上に広げて見せた。


「アメリアに告ぐ。母親と妹の命が大切なら、民衆に武器を下げさせた後に投降せよ。そうすればこれまでの反抗を許し、王子としての身分を正式に与える」


 声に出して読むアメリアの語調が明るくなる。


「母と妹が生きているという情報を、わざわざ出してくれるなんてありがたいですわ」

「自分ではもう民衆が抑えられないと自覚もしていますね」


 アーノルドもその文面を見て思った事を口にする。


「最後は明らかに嘘ですな」


 グランドも笑いながらその宣言を読み終えた。アメリアと目線を交わし、頷き合う。


 必死な王の今の行動は、手に取るようにわかる。

 今頃、王座で震えているはずだ。そしてアメリアの母と妹は、そこから目につく場所に捕らえているに違いない。兵たちを従わせるための彼らの妻子も、おそらく同様に。


 わかりやすい愚王っぷりで助かる。

 片腕を育てる事も傍に置く事もなかった孤独な王の末路は、憐れなものになるだろう。


 王は、ラザフォード国がアメリア側についている事をまだ知らない。


 計画はついに実行される事になった。ラザフォード国の騎士も、その一端を担う事になる。

 兵たちを傷つけず人質を解放し、王だけを捕らえる作戦だ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 王は、予想通り王座の間にいた。

 そして比喩ではなく実際に王座にしがみ付いていた。大きな宝石のついた錫杖を手に、椅子に抱き着いて震えているのである。


 もう誰一人信用できず、兵を脅迫で無理矢理従わせているが、一番恐怖しているのはこの男だ。いつ兵が裏切るか、民衆が城の門を破って殺到してくるか、想像しては怯える。


 自分で自分の身を護る術はゼロではないが、それでも心配でたまらない。


 海の民への政策の失敗も恐怖政治も、嫌々ながらも従ってきた民衆が、ラザフォードへの出兵、そして敗退をきっかけに今までの不満を噴出させたかと思うと、アメリアという旗印を得て叛乱は確定的になった。


「嫌だ、嫌だ、儂ほどの賢王が、民衆の手で失脚するなんて許されてなるものか。そんな歴史が生まれるはずがないのだ」


 豪奢な豚は少し痩せた。


 毒殺を恐れ、アメリアの母と妹にまず毒見をさせ、残った物を食べる。豪華で品数の多い食事だが、今まで一人で食べていたそれを三人で分け合っているようなものだから、相対的に食べる量が減っている。

 二人は王座の横の急ごしらえの牢に入れられていて、いつでも人質として使えるようにされている状況。


 彼女達は牢の中でも凛として、王の愚かな行為をただ近くて眺め続けている。今までも彼の横暴に耐えて来たのだ。アメリアを信じて待つこの時間だって、耐えられる。


 兵の妻子たちは王座の間の隣の小部屋に詰め込まれ、王の部下がその前を見張っていた。


「ラザフォードの使者はまだ来ないのか!」

「こちらに向かっているという連絡はありましたので、間もなくかと」


 数少ない王の部下が答える。

 この王が失脚すれば自分達も危ないので、彼らも必死だ。


 あの適当な内容の親書の文面通りの条約になってしまったのは癪だが、内容はともかく和平が成ったなら、ラザフォードもドアナの危機に手を貸すべきであると王は考えた。再び使者を送り、民衆の鎮圧のために出兵して欲しい旨を何度も書き連ねて。


 烏羽根からすばねの旅団には、アメリア殺害を繰り返し依頼。彼がまだ王女としてラザフォードに滞在している段階から早く殺すように命令していたのだが、未だアメリアは健在である。

 王子であるとの公表が成された時は、目の前が真っ暗になり、慌てて国庫から望むままの謝礼を出すという大盤振る舞いの待遇も約束したのに。

 凄腕の暗殺者集団のはずではなかったのかと王は歯噛みする。


「早く、早く、アメリアを何とかしてくれ。いくら払ってると思ってるんだ、くそう。どいつもこいつも無能者め」


「ラザフォードの使者が到着しました!」

「おお! はやくはやく案内を」


 少年騎士を含む四人の騎士が兵に誘われて案内されてくる。


 今まで外から誰も入れないように徹底していた王だったが、待ち侘びていたラザフォードからの使者はすんなり城内に入れる事を許可した。

 ただし人数は四人まで。


「ああ、遠い所をよくきてくださった」


 ひざまずく四人の緑の制服を纏う騎士を、王は諸手を挙げて歓迎する。


 騎士達が挨拶をしようとするのも遮って、王は早く兵をあげて欲しいと要求を連ねた。ラザフォードの保護下に自分を置いて守って欲しいとも。

 だが王座を離れるのは心底嫌なようで、亡命したいとは口にしない。


「女王陛下から親書とお言葉を預かっているので、お人払いを願いたいのですが」


 隊長騎士がそう言うと王はちらりと周囲の兵と、アメリアの母と妹の姿を見た。


「別にこいつらは、ここで見聞きした事を他に漏らす事はないが?」

「お人払いを願いたい」


 再度言う。


 王は豊かすぎる腹の肉をゆらし拒否した。

 いざとなったら肉の盾に出来る人質を、手放す勇気がない。


 アーノルドは跪きながら内心、舌打ちした。


 せっかく入りこめても、人質を解放できなければ意味がない。

 四人でこの部屋にいる王の部下達の制圧が出来るかは微妙だ。

 なんとか人質から、王の部下を引き離さなければ。


 隊長騎士が切り出す。


「各地で民衆の蜂起があったとの事ですが」

「全く困ったものでのう、いや大したことではないのだが」

「指揮されているアメリア殿下は、現在の陛下の直属の部下の皆さんにも寛容な対応をされると宣言されているとか」

「儂以上の寛容な王者はおらんが?」


 後ろで、王の部下が顔を見合わせている。老齢の隊長騎士は王と会話しているように見せかけて、人質を見張る彼の部下に向けて呼びかけているのだった。


「でもそれも、人質に被害がない事が条件だそうですが。もし人質に何かあれば、そのような対応は難しくなるとか」


 王の部下も、喜んで彼に付き従っている訳ではない。甘い汁が吸え優遇されるなら、君主なぞ誰でも構わないのだ。この横暴な王より、人形姫と呼ばれた元王女の方が与しやすいのではないかという考えも過る。


 彼らの忠誠心は卵のようで、少し殻をこついてヒビを入れてやれば、あっという間に柔らかい中身が溢れだす。


 王の思惑をよそに、部下達が頭の中でどちらにつくべきか迷い始めていたのだ。


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