第7話 残された時間
今日もカートはアメリアの傍に控える。
そしてアーノルドも傍にいる。
カートはアーノルドが王女の護衛をしたくて、自ら立候補したのだと思っていたが実際は違っている。
アーノルドはカートをいつも見ていた。
その視線に気付かぬまま、カートはアメリアに声をかける。
「今日は中庭の方を散歩されますか?」
「そうね、少し外の空気を吸いたいかも」
リドリー三世が失脚し、退位を決めれば
国に戻ってあとは即位し、ドアナ国を立て直す役目を彼は担うのだが、未だしつこくリドリー三世は王座にしがみついているという。
早く片付いて欲しいとカートは切に思う。
もう自分の事だけでいっぱいいっぱいになっているのに、更に暗殺に備えて神経をすり減らすのはきつい。
フィーネの父親捜しをする気力も今はすっかり萎えてしまって、あの屋敷の事も些細な事のように思える。
「カート」
「あ、はい。何でしょう先輩」
「何か悩みがあるなら聞くぞ?」
「悩みなんてありませんよ」
少年は笑う。だがその顔は最初から笑顔の形に作られた人形のようで、癖のように染みついた表情でしかない。
以前より更に透明度を増してしまっている気がして、金髪巻き毛の少年は心配を深める。
カートは弱々しくなって、俯いている時間がとても長い。儚げで、目を離すと光に溶けて消えてしまうのではないかと。
アメリアもそんなカートに心配そうに眼差す。
「カート、自分だけで抱え込むのは体に毒よ。あなたにはせっかく親友がいるのだから頼らないと。一人で考えると視野も狭くなってしまうわ」
カートはそれにも微笑み返して首を振った。
アメリアは、気まぐれですぐに処刑を口にする王の傍でずっと生きてきた人だ。それこそ明日の命も知れない。理不尽な理由で命を奪われる可能性に関してはカート以上なのに、この王女はずっと運命に抗って見せるという強さを見せている。
遠くから見たあの海のように大きく豊かで強い姿が、羨ましくて眩しく見えた。
対して自分は、常に移ろう空と同じ。心を曇らせて辛さに泣いて、耐えるだけで精一杯の有様。
――どうしたら強くなれるんだろう。
絡まる運命の糸はカートの心を縛り、深淵に引きずり降ろそうとする。抗いたいのに抗えず、解き方がわからない。
中庭は冬のバラが見頃で、南国のドアナにはない花だからアメリアは大層喜んだ。
「素晴らしいわ、それになんて素敵な香りなの」
東屋に案内されて椅子に誘われ座った王女に、花を一輪摘もうとカートがバラの茂みに手を伸ばしたところ、チクリと鋭い棘が指を刺す。
「……
「!!」
アーノルドが駆け寄り、尋常じゃない様子でカートの手を取った。
「刺したのか!?」
「あ、はい少し」
指先にぷくりとした血の粒が浮き上がる。
何故だかアーノルドが蒼白になっていた。
「すぐに医務室へ行ってこい」
「え、こんな怪我で?」
「いいからさっさと行け!」
「はい……」
アーノルドの剣幕に押され、カートはアメリアに少し辞する旨を伝えると医務室に向かう。
医務室には女性医師がいて、小さな怪我で申し訳ないと伝えたのに、真剣な顔で傷を確認される。
「これぐらいなら大丈夫そう」
ほっと彼女は息を吐くと、簡単な消毒をして包帯を巻く。カートはその大仰さに少し笑った。
「バラの棘を刺した程度で、少し大げさでは」
「……あのねカート君、よく聞いて頂戴」
真剣に、強い口調で医師はカートの両肩に手を置いて言う。
「あなた、血が止まらないのよ」
「え?」
「ああ、ちゃんと知らされてないのね……。でも言っておかなきゃ本人が気を付けようがないじゃないの」
独り言のように医師は言うと、対面の椅子に深く腰掛ける。
「カート君、あなたの体は自分で自分の体を癒すための生命力が枯渇しつつあるの。怪我をすれば自然治癒力では血が止められない、軽い風邪でもすぐに肺炎につながるし、それも自力では回復しないのよ。幸いあなたの傍には、国一番の治癒魔法の使い手がいるのが救いだけども」
「僕、そんなに、体が弱いのですか?」
彼女はカルテを取り出し眺める。
「弱って行ってるというのが正しいわね。本当を言うと、家で大人しくしていた方がいいぐらい」
――あの魔法のせいなのか……。
思い当たる事があって少年は目を伏せた。
「本当は怪我をする可能性のある騎士団を辞めさせるべきではあったのだけど……ヘイグ団長には、何かお考えがあるようね。理由は団長閣下から直接聞いて頂戴。私は何処まであなたに伝えていいのかわからないから」
「はい……」
カートはすっかり気落ちしてしまう。
とぼとぼと、中庭の方に戻りながら考えるが、ヘイグの意図がわかってしまった。
――団長は、僕が
自分は信頼されてアメリアの護衛の任務に付けられたのだと思っていたが、実際は違う事に気付いたのだ。
――僕は、護衛されている側なんだ。
一団員であるカート一人のために、護衛の人数を裂くわけにはいかない。それならアメリアと一緒に守ってしまおうという事なのだろう。奇しくも敵が同じ。合理的な考えをするヘイグらしいと思った。
――先輩は、僕に怪我させないためにいてくれているんだ。
あの慌てぶりをみるに、アーノルドは自分の現在の体の状態を知っているという事になる。
アメリアのような美しい人に夢中になりがちな彼が、王女よりもカートの事を心配して目を配っている。とても自分が情けなく思えてきて、少年は苦しい。
弱りつつある体。
大人になれない自分。
せめてこれだけは頑張ろうと思っていた騎士の仕事も、こうなると足を引っ張る存在でしかないようだ。
好きだったフィーネとも引き離されて。
自分が生きている意味が見出せず、とてつもなく辛い。
ピアには申し訳ないが、すぐにでも瞳の魔法をこの世界から運び出す役目を果たしたいとさえ思った。せめてそれぐらいの役に立たなければ、生まれて来た意味がないような気がして。
自分を育てるために無理をして死んでしまった母エリザのためにも、意味のある命を全うしたい。
ピアがやつれる程苦しんだ理由もわかり、自分をこのように苦しませないために口をつぐんでくれていたのに、知りたいという我儘で言わせてしまった後悔も沸く。
耐えられると思っていた。どんな運命であっても受け入れられると。でも知ってしまった事実は重く自分に
あとどれくらい生きられるのだろうか。
風邪をひいてしまうだけでもダメかもしれない。あの矢傷のようなかすり傷さえ、放置すれば命を奪う。
中庭に向かっていた足は方角を変え、気づけば
ピアにこれ以上負担をかけるわけにはいかない。
彼にはもうこの気持ちを相談できないのだ。アーノルドにだって頼るわけにはいかない。この苦しさをせめて己だけに留めるのが、今の自分にできる唯一ではないかと。
平気なように元気に振る舞い、まわりにこれ以上の心配をかけない事が、自分のできる最後で最良の行動だと思う。
でも辛くて。
何かに縋りたかった。
いつも魔力を吸ってもらうために来ているこの場所だが、根元は安らぎに満ちてとても心地いい。今日も優しい雰囲気で包み込んでくれている。
透明な大樹を透過する光が降ってとてつもなく美しく、根元に座り上を見上げると、水中から水面を見上げているかのような風景。
それが心を安らかにしてくれる。
――きっと海の中はこんな感じなのかも。
少年はしばしの時間、この雰囲気に溶け込むように過ごす。
明日からの、あと僅かの人生を頑張るために。
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