第四章 烏の夕暮れ
第1話 暗殺者
「子供ですって?」
引き継ぎに来たカートは声を上げる。
夜勤だった細身の少年と太目の少年は夕べの出来事を必死に訴える。
「本当なんだって、あれは間違いなく子供だった。しかも女の子だったと思う。黒い装束、黒い髪に黒い瞳。死神かと思った」
「子供にこんな事が出来るでしょうか……」
カートの疑念も当然だ。
アメリアの扉の前を警備していた兵が四人、殺された。相手は黒装束をまとった少女だったというのだが。
訓練を受けた特に優秀な兵を配置していた。
室内にいたこの二人と、応援で駆けつけた警備兵の人数に流石に不利を悟ったのか逃走し、追跡したがついには取り逃がしたという。
「本当は警備兵は六人いるけど、丁度二人が交代の時間で、四人になったところを狙われたみたいなんだ」
「交代時間を狙うなんて……」
なるべく兵の人数を途切れさせないように、六名の配置で交代は二名単位である。時間はその日ごとに切り替えていて、容易に読まれないようにする工夫もしていた。
通常は次の二名が来てから、入れ替わりに先にいた二名が任務を終えるのだが、この日はたまたま人数の調整の都合、一時的に四名になる時間が出来てしまった。
しかも剣技が最も残念な少年騎士二人の夜勤時である。
カートはふと、団長に報告していないひとつの事を思い出す。
しばし思いは逡巡するが、今できる事を一つでも多くこなそうと考えるカートは、団長に報告する決意をした。
「すみません、団長にひとつ報告しなければいけない事があって。夜勤で疲れている所を申し訳ないのですが、交代をもう少し待っていてくれますか?」
「ああ、いいよ」
「報告を終えたらすぐに戻りますので」
カートは足早に団長室に向かい、扉を叩いた。
「カートか。王女殿下の護衛の時間では?」
「今は夜勤の二人に延長で護衛してもらっています。団長に報告が遅れてしまった事がひとつあって……」
ヘイグは褐色の瞳を細め、少年を見る。
「何だ、話してみろ」
「ダグラスが、生きているんです」
「何だと? 会ったのかまさか」
「はい……肺炎でお休みをいただいた頃の話なんですが」
ヘイグは息を吐く。
「これまた随分前だな」
「申し訳ありません……」
「まあいい、話せない理由もあったのだろう。そのダグラスがどうかしたのか?」
少年は目を伏せて言いにくそうだが、どうしても伝えたい事があった。
「彼はもう、旅団を抜けたと言いました。見つかると裏切り者として死という形での制裁を受けるから、見つかりたくないと。悪い事はもうしないと言っていて」
「カートはそれを信じたのか」
「……はい」
「それでおまえは黙っていたのに、どうして今になって話す気になったのだ?」
カートは本題をついに口にする。
「彼は騎士団に生存がバレると、旅団にもバレると言ったんです。だから内密にして欲しいと。その言葉の示す意味は、騎士団の中に旅団のメンバーがいる可能性を示唆しているのではと思えたのです。今回の事で、兵の交代時間が漏れているのではないかと」
「なるほど……」
この報告はもっと早くすべきだった。兵を無為に死なせてしまった罪悪感が沸いて、カートは両手を強く握りこむ。
――僕が、死なせてしまったのと同じだ……。
もっと早く報告をし、騎士団内の
――色々な事があって言いそびれていたのは言い訳だ。復帰したときにすぐに言うべきだったのだ。そうしておけば今、こんな事には……。
カートの心情を察したヘイグは、優しく声をかける。すでに重荷を限界まで背負う彼を叱る事はできなかった。
「よく報告してくれた。すぐに調査しよう」
ヘイグはカートの心が心配になっている。
ピアからも色々と話しを聞いているが、瞳の魔法、好きだった娘との別離だけでも重いのに、今のカートは王女が男であるという秘密もアーノルド達には言えず抱え込んでいるし、自分の命の限界もついに知ってしまったという。
まさか更に、自分を追い詰めたダグラスと再会していたとは。
肺炎の際、一時的に声が出なくなったと聞いていたが、言うべきである気持ちと言えない心情の狭間で葛藤に苦しんだ結果だったのだろう。そんなにも苦しんでいたのに、気づいてやれなかった。
ピアもカートがダグラスと会った事を知らないはず。少年は一人で秘密を抱え続けていたのだ。
ヘイグは、白い塔でカートが救助された後の報告書を開く。
「この時の報告書に、心臓を短剣で一突きにされた眼鏡の男の遺体の収容が記録されているが」
ピアやアーノルド達は後始末を近在の駐屯兵に依頼して王都に戻っている。死んだ男の遺体の顔を確認しているわけではない。ダグラスとして収容された男は別人だった可能性があるという事だ。
あの男は、自分の身代わりに他人を殺すなど造作もないだろう。
カートは辛そうに俯いたままだ。
できる限り優しく声をかけたが。
少年は夜勤組に交代を待たせているからと、硬い表情のまま団長室を辞した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「兄様ったら、本当にサイテー!!」
フィーネは貴族の屋敷で自分に与えられた部屋の窓枠に頬杖をついて空を見上げている。
青い空は彼の色だ。
カートもおそらく知っていたはず。なのに何も言わずに見送っていたことで同罪だとも思った。
花嫁修業の一環で淑女教育を受けると連れてこられた屋敷で不自然な歓迎を受け、花のキレイな庭で見知らぬ男と散歩をさせられた。
男との会話でこれが見合いであるという事を知り、フィーネはあろうことか相手の目を盗んで庭から逃走を図った。
逃げ出す可能性があるとピアに聞いていた屋敷の人間は出入口をすでに固めていて、彼女はあっという間に捕まって部屋に閉じ込められている。もし逃げるならそうして欲しいとピアに言われていたからだ。
ぷんすか怒りを持っているフィーネの部屋の扉を叩く音がする。
「入ったら?」
粗雑に返事をすると、遠慮がちに扉が開く。
見合い相手の男だ。
金茶の髪だがカートとは違って長く後ろで束ねていて、前髪も左右に分けて頬にかかる。瞳もカートと同じ空の色だが、カートが澄んだ冬の空の青なら、彼は春の煙った空の色。フェリス家とは領地が隣という付き合いであって、血縁ではないらしい。
別にこの見た目が好みだというわけではないのに、カートと似た印象の男を相手に選んでいる兄が憎い。
自分はカートが好きなのであって、カートを構成するビジュアルが好きというわけではないのだ。もしカートがブルネットで緑の瞳であろうが、スキンヘッドで灰色の瞳だろうが構わないのだ。
カートがカートだからこそ、好きなのだから。
怒ったままの少女に男は苦笑する。
「僕だと、ダメだったかな」
「クリスさんがダメってわけじゃないの。あたしには好きな人がいるという、ただそれだけだもん」
クリスと呼ばれた男はフィーネの傍に歩み寄って来た。
「それは、これからも変わる予定はなく?」
「逆に聞くけど、どうして変わると思うわけ?」
少女はクリスに向き直る。
「取り付く島もない、か」
「兄様が何でこんな事をするのかわからない」
フィーネがカートの事が好きなのは周知の事実だ。カートもずっとフィーネの事を好きだと言ってくれていた。
近いうちにプロポーズされるのではと期待できる良い雰囲気もあったのに。兄がそれを後押しする気配もあった。
変化は突然訪れたのだ。
――何か状況が変わったのは確かなんだけど。
口をとがらせる猫のような少女を、クリスは一目見た時から気に入っていたが、彼女が一切自分を見る事はないと知って切なげに息を吐く。
「僕は君に一目惚れで、この見合い話にとても期待していたからとても残念だよ。フィーネちゃんは全く覚えていないようだけど、君の家の玄関で思いっきり体当たりされたあの時から、ずっと気になっていたんだ」
フィーネは全く思い出せない。彼女にとってカート以外の男はすべて、へのへのもへじである。
「ごめんね。文句はうちの兄様に言って!」
だが、このまま帰るのも癪だった。
「あたし、一か月のマナー教育を受けると聞いてここに来たの。どうせならそれをちゃんと受けてから帰りたい。あたし、兄様どんなに邪魔しても絶対にカートの事を諦めたりしないんだからっ!」
少女は図々しく堂々と言い放った。
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