第2話 裏切りの影


 情報が洩れているという前提で動く。


 気まぐれなアーノルドに、自由に働いてもらう事にしたのだ。


 彼は思いつきでその場の行動を変えるので、おそらく相手が誰であろうと次に何をするか読めないはずという、彼の欠点を活用した方法である。


 通常の集団生活では目も当てられない欠点だが、こういう場合は大活躍だというのが、とてもおかしい。



 カートはアメリア王女に焚火の傍で言われた言葉を思い出す。


 短所も使いこなせば長所になる。

 長所も使いこなせなければ短所になる。


 アーノルドの場合はまさにコレである。

 我儘放題が許されるという事になって、とてもご機嫌だ。




「父上と母上にこの事を報告したら、随分褒められてしまった」


 嬉しそうにカートに言って来た。


「先輩は、御両親と仲良しなんですね」

「……そういうわけじゃないかな」

「そうなんですか?」


 二人で昼食の休憩のために、他の人員と時間をずらして食堂に来て、会話を続ける。


「俺は、いらない子として育ったからな。いてもいなくても家に関係ないというか。騎士団に入る奴はみんなそんな感じだ」

「皆、そう言いますが」


 細身の少年や太目の少年も、時々寂しそうに語る事があった。

 自分のように親がいなくて愛されないのと、目の前にいるのに愛されないのとでは、どちらが辛いのだろうか。


「だが最近、俺の活躍が目覚ましい事もあって、あちこちで自慢できる事も増えたからかな。騎士団での働きについて、よく聞かれるんだ。これまでこんなに父上や母上から声をかけられた事がなかったから」


 本当にうれしそうにアーノルドは言う。そんな彼を見るのはカートも嬉しくて、気持ちがすごく明るくなってくる。


「王女殿下の護衛が終わったら、勲章授与の話もありましたっけ」

「そうなんだよな、嬉しいなあ」


 家族が自分の事を誇らしく周囲に自慢してくれる。これは彼の自分の存在意義の確認の方法でもあるようだった。


 そんなアーノルドを横目にして、カートは野菜のスープだけをトレイに乗せる。具はほとんど入っていない。


「カート、少ないぞ。せめてシチューに」

「……食欲がなくて……」

「ならデザートぐらいつけろ、プリンなら食べられるんじゃないのか?」


 と言いながら、勝手にカートのトレイにプリンを置く。それを見て少年は苦しそうな顔をした。


「本当に、無理なのか?」

「なんだか、欲しくないんです」


 まったく食欲はわかないが、アーノルドに付き合って食堂に来たという感じのようだった。


 二人は隅の席に並んで座る。


「じゃあ、そのスープだけでもちゃんと飲み切れよ。プリンは俺が食う」

「はい……」


 人の少ない食堂で、スプーンが皿に触れる小さな音だけが聞こえる。

 スープをすくいながら、カートは騎士団の中の裏切り者が誰なのか思いを巡らせる。



 自分より後に騎士団に入った新人はいない。

 古参の中にずっと潜んでいるものがいたとも思えない。

 精霊は裏切り者をずっと教えてくれていた。黒い水晶木すいしょうぼくの事件があるまでは、ずっと。



 それ以降に翻意して、旅団に与した者がいるというのか。



 カートはふと思いついた事を口にする。


「先輩、御両親に騎士団の事ってどれくらい話されているんですか?」

「そりゃあ色々と? その日の俺の活躍の一部始終とか」

「会議の内容は?」

「父上は会議があったと言うと、どういう内容だったのか聞いて来るな。聞かれたら答えてる」

「……」


 カートはアーノルドをじっと見る。


「なんだ?」

「あの、先輩、とても言いにくいんですが」

「もったいぶるなよ」

「騎士団の情報、まさかデルトモント公爵閣下から漏れているんじゃ……?」

「はぁ!?」


 アーノルドが勢いよく立ち上がったため、椅子が倒れて大きな音を立てた。食堂にあるすべての視線が集まる。


「おまえ、父上が情報を売っているというのか」

「いえ、そんな、つもりじゃ」

「最近、俺が仲良くしてやってるからって、生意気が過ぎるぞ! ふざけるな庶民のくせに!」


 アーノルドは食べ終わった自分の食事のトレイを持つと、荒々しく返却口へ突っ込んで足音を苛立たせて食堂から出て行ってしまった。



 カートはまだ半分も飲んでいないスープを前に、匙を置く。


「やってしまった……」


 失言だったと思う。仲良くなった実感と気さくさが壁をなくしていたのは確かで。


 キリっと胃が痛む。


――……お腹が痛い……。


 みぞおちを抑えるが痛みは治まらない。痛みは吐き気を伴う。


 もうこれ以上食べるのは難しそうで、少年は半分残ったスープと手つかずのプリンを返却口に返し、フラフラと食堂を後にした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アーノルドは怒りに任せて足音高く歩く。


――腹が立つ!


 カートは両親がおらず、話を聞いてくれる家族がいないから、仕事の話ができる自分の親子関係が羨ましくてあんな事を言ったのだと思った。


――優秀な俺様への嫉妬にしても、言っていい事と悪い事がある!


 鼻息荒く目的地もなく、ただ歩く。

 王女の部屋に行けばまたカートと会う事になりそうで、今は嫌だと思った。しばらくは顔を見たくないぐらい腹が立ったのだ。


 自由に行動しろとも言われている。城壁にでもいってサボろうと思った。いやいやサボるつもりじゃない、城壁から不審者を探すのだと慌てて頭の中で言いなおす。


 城壁からの風景が、アーノルドは好きだ。胸がすくような景色を見てスッキリしようと思った。


 階段を上り城壁に出ると、冬の冷たい風が頬を撫でる。

 空は何処までも高い青。


 カートの瞳の色だと反射的に思ってしまい、慌てて首を振って考えを追い出すと、つかつかと歩いて城壁に手をかけ、遠方に連なる山々を見る。


 ドアナ国境の丘から見た海はキレイだった。


 あの海の傍にもいつか行ってみたいと思いを巡らせていると、怒りはどんどん引いて行く。


 怒りが引いてくると、カートを食堂に置き去りにすべきではなかったという思いが去来する。


――あのスープは、ちゃんと最後まで飲み切っただろうか?


 急に心配になってきた。


 アーノルドは、カートの命の灯が消える方向に向かっている事までは知らされていない。体を悪くしていて、血が止まりにくいから怪我をさせないようにと聞いているだけだ。


 だが最近のカートはどうだろう。

 どんどん弱ってはいないだろうか。

 心も、ひどく弱っている気がする。

 元々食は細かったけれど、今は以前以上に食べていない。



――だいたい血が止まりにくい病気ってなんだ? やばくないか?



 自分が無知であることに気付くと、色々な疑念が噴き出す。



――そういえば、父上が俺に会議の内容まで聞き始めたのは最近だ。



 アーノルドのその日の活躍より、そちらを聞きたがっていたような気がする。母は活躍の方を聞きたがるのに。


 色々な事を思い出す。


 父と母が最近ケンカをした。父が賭場にこっそり通って借金を作ったとかで。以前もそういう事があったから気に掛けなかったが、その額が以前より大きいという事はないだろうか。

 もしや国のどこかにあるという闇賭場に手を出して、ひどい取り立てを受けているのでは? とも。


 信じたくはない、父が情報を売っているなんて。


 だが疑念が沸いた今、確かめなければならないだろう。

 アーノルドは踵を返すと城内に駆け戻る。



 もし父が情報漏洩元なら、自分がやらかしてしまったという事だ。


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