第3話 騎士道とは


 アーノルドは自分の疑念を、団長室に駆け込んでヘイグに相談した。


 以前のアーノルドなら気付いても、まあいいかと放置するか、自己判断で適当に行動して状況を悪化させただろうが、カートの行いを見習って、行動の前にヘイグの判断をまず仰ぐようになっていた。



 そばかす少年の疑念にヘイグは考える。


 カートからの報告で団員の様子を確認し行動を精査した。皆勤勉で、裏切りの素養は見当たらず手詰まりだったが、騎士団員そのものに裏切り者がいるのではないとしたら納得だ。



 闇賭場に出入りしている貴族の中に、デルトモント公爵がいる事は報告を受けていた。アーノルドにはショックだろうが、可能性は高い。


 そしてこれを利用する事も思いついた。


「試しに、公爵に虚偽の内容を伝えてみよう」


 ヘイグは手早く作戦をまとめアーノルドに伝えると、少年は渋い顔でその命令に頷く。


 もしこの虚偽の情報に敵が踊らされたとしたら、父親が情報漏洩の犯人だという事が判明してしまう。明らかにしたくない気持ちも芽生えた。


 公爵が失脚したら、自分はどうなるだろう。


 この身分も、周りの崇敬も、家という後ろ盾があってこそだから失うのは怖い。庶民だと嘲った人々からの仕返しがあるかも。

 今でこそまともな彼も、家の威光を笠に着て以前は色々とやらかしてきているのだ。



「アーノルド」

「は、はい」


「カートがまた医務室に運び込まれたぞ。階段でうずくまって、動けなくなっていた」

「え!?」


「神経性の胃炎だそうだ。暗殺団への対応でカートはだいぶ神経をすり減らしている。早くこの状況から解放してやりたい。やってくれるな?」


 金髪巻き毛の少年は握りこぶしに力を込めた。


「はい!」


 強く、迷いなく返事をした。




 家に帰る前に医務室を覗き込む。

 一番手前のベッドに横になる見知った少年の姿。

 アーノルドは足音を立てないように枕元に立ち寄った。


――白っ!


 色白だという表現では追いつかない。


 整った顔立ちも相まって、蝋で出来た人形のようだ。呼吸をしていないように見えて、ぞくっと背筋が凍った。


 唇も、少し青みがかってる気がする。

 胸はかすかに上下しているが、生きている事を示す証拠はそれだけだ。



 毛布から少し手が出ていたから、アーノルドは触れてみる。


――……冷たい……。


 一度ぎゅっと強く握ってから、毛布の中に手を入れてやった。


――俺、やるよ。



 親友の衰弱しきった寝顔に誓いを新たにし、アーノルドは強い意思を持って自宅に向かう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 屋敷に戻ったアーノルドは、自室に戻って着替える。彼の私服は大きなフリルまみれのゴージャスな白いシャツで、袖もフリフリなので実は食事の際にはすごく邪魔。


 本音では、自宅でも制服のままで食事をとりたいぐらいだ。

 

 だがこれは母の趣味で、彼女に少しでも気に入ってもらうため、ずっと言われるがまま着ていた。


 改めて姿見の鏡に自分を写す。


 地味な顔に、このシャツは似合っていない。

 個人的な好みで言えば、角ばった襟付きのシンプルなものが良く、おそらくそちらの方が自分には似合うとも思う。


 このシャツが似合うのは、長兄や妹のような母に似た派手な顔立ちだろう。次兄は自分と似て地味な顔だが、彼はすでに自分の意思で好きな服を着ていた。


 親の言いなりになって似合わない服を着ている……着せられている自分が、なんとも情けなく思える。


 最近になって父母が自分の事を聞いてくれるのが嬉しくて、ペラペラと機密を食卓で喋りまくっていた自分の滑稽さ。


 もう、終止符を打つべきなのだ。


 仮初めの愛を求めて、親の人形になっている自分を卒業したい。


 アーノルドはフリフリのドレスシャツを脱ぎ捨てると、クローゼットの中から自分好みのシンプルなシャツを選び出し、カフスボタンは気に入りのエメラルド付きを使う。

 そして改めて鏡を見た。


――そうだ、これが俺の望むスタイルだ。


 彼は心を奮い立たせると食堂へ向かう。


「あら、アーノルド珍しいわね、そんな服」


 自分を待たず、家族は食事を始めていた。


 いつもそうだ。


 長兄や次兄、妹が遅れた時は待つのに、自分だけは待たれる事がない。生まれた順番だけでこの格差。


 だからずっと、貴族と庶民にもこんなふうに扱いの格差があって当然だと思っていた。庶民は見下していいと思っていたのだ、家の中で自分も生まれだけで見下されていたから。


 今では間違いだと思う。

 家族の中で格差を設ける事も、貴族と庶民で格差を設ける事も。



「久々にこのカフスボタンを使いたくて」

「あら、それは?」

「お祖父様に頂戴したものですよ」


 白い歯をキラリとさせ、カフスボタンを掲げて見せる。

 死んだ祖父。何の見返りを求めない愛をくれたのは、今思えば彼だけだったのかもしれない。会えば可愛い可愛いと抱き上げてくれた。何もしなくても、「そこにおまえがいてくれる、それだけで祖父ちゃんは幸せになる」と言ってくれていたのだ。


 愛とは、そういうものではないかと。

 愛とは、そうあるべきなのではないかと。



 食卓につくと、父が早速聞いて来る。最近ずっとそう。


「今日の騎士団の仕事はどうだった」

「王女の護衛の仕事が終われば、勲章授与の話が出ております」

「まあ、それは誇らしいわ。お茶会で自慢が出来るわね」


 アーノルドはいつものように誇らしげに今日の出来事を語る。父母はうんうんと頷くが、兄妹たちは興味がなさそうに自分の前にある御馳走を平らげている。


「団長の信頼も厚く、少年騎士の中では俺だけに今夜の計画が詳しく知らされてまして」

「計画?」


 父が食いつく。


「ええ。護衛をしているアメリア王女ですが、城内での護衛が難しくなってきたので、城には影武者を残し、今夜のうちに白い塔の方に出立し、ドアナが落ち着くまで塔で過ごしていただく事に」

「今夜とは、随分と急だな」

「最近情報が洩れがちなので、今日決めて、今日実行という手はずに。王女の影武者には以前話した庶民出身の新人が……父上?」


 父がそわそわとしはじめて、母は訝し気にそんな夫を見る。


「あなた、どうしましたの?」

「いや、アーノルドの話を聞いていて、今日中にやるべき仕事をひとつ、忘れていた事を思い出して」

「まぁ、大変! あなた最近うっかりしすぎだわ」

「いかんいかん、年かもしれないな。わっはっは」


 アーノルドはにこにこと笑っていたが、心は冷え切っていた。


「気になるなら片付けてらっしゃいませ」


 母の言葉に父は席を立つと、いそいそと部屋を出て行く。


 それを見送ったアーノルドは何事もなかったように、いつも通り一流シェフが作った食事に舌鼓を打ち、母に自慢話の続きをして部屋に戻った。


 窓からは満月が見える。

 この夜、彼は眠れなかった。


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