第4話 罪と罰


 多数の逮捕者。


 アーノルドの屋敷にも早朝、デルトモント公爵が逮捕されたという連絡が届き、母親は膝から崩れ落ちた。


 アーノルドが騎士の制服をまとい、屋敷を出ようとしたところ、後ろから兄妹の叫ぶ声が聞こえる。


「おまえ、父上を売ったのか!?」


 アーノルドは振り返る事なく、白馬を伴って城に向かった。




 厩舎に無言のまま馬を預けると、まっすぐに団長室へ。


 城の人々が、遠巻きに自分を見て何かを言っているような気がするが、前だけを見据えた。

 自分は親の支配を断ち切ったのだ。

 周囲にどのようにそしられようと、父親を売ったと言われようと。


 胸を張る。


 それだけだ。



 団長室の扉を開けると、机の上で手を組むヘイグと、振り返るカートがいた。カートは泣き出しそうな顔でアーノルドを見ている。


 すれ違い様に、コツンと拳で親友のおでこを小突く。


「あいたっ」


 額をさすっているカートを直接見ずに、ヘイグをまっすぐに見た。


「団長の策、はまりましたね」

「おまえの功績だ。よくやった」


 囮として出された偽アメリアの移動のための隊に、旅団の戦闘員が殺到したが、あらかじめ隠していた兵で取り囲み、そこにいた旅団員は一網打尽にした。総勢二十五名を逮捕。情報源はデルトモント公爵であるという言質が取れ、彼も逮捕。


 動機は借金のため。


 闇賭場で作ってしまった莫大な借金を公爵家の財政でも賄う事が出来ず、騎士団の情報を売る事で返済していたという。

 アーノルドから得た情報はすべて、旅団に渡っていたことになる。


「アーノルド、おまえは降格だ」

「はい」


 班長の任を解くと言われているのに、何の感慨もなさそうな表情で彼は返事をしたので、カートは驚いた顔をする。


「先輩の功績なのに、なぜ……」

「以上だ。二人は王女護衛の任に」


 カートの疑問にヘイグはこたえず、二人は団長室を半ば追い出される形になった。

 青い瞳がアーノルドを見据える。


「先輩、ごめんなさい、僕……」


 歩きながらカートは謝罪した。


「なんでおまえが謝るんだ」

「僕があんな事を言ったから」


 アーノルドは立ち止まり、再びカートのおでこを小突く。


「あいたっ」

「おまえ、俺の功績を横取りするつもりか? デルトモント公爵の不正を見破ったのはこの俺だ」


 歩みを再開したアーノルドをカートは小走りで追いかける。


「だったら降格はおかしいのでは」

「団長の真意が俺にはわかる」

「真意?」

「団長は俺を庇ってくれたんだ」


 カートは首をかしげる。


「確かに俺は偽の情報提供をし、うまく犯人を誘導した。それだけを見れば功績だろうな。だがその前に、知らなかったとはいえ俺は情報をその犯人に流していたという罪がある。四人の兵が死んだのは俺の責任だ」

「あ……」

「第二に、降格する事で俺への批難は減る。もし地位を据え置いたり、功績として昇給や昇格があったら、俺は父親を売って自分の出世を取った人でなしと言われるだろう」


 アーノルドは速足でスタスタ歩く。

 カートが少し遅れがちな事に気付いて、歩みを緩めた。


「おまえ、大丈夫か?」

「あ、はい」


 カートは少し息が上がっていた。今日の顔色は問題ないが、体力がすっかりなくなっている。


「これで少しは、護衛が楽になっただろうか」

「正確な旅団の人数が不明ですし、兵を殺したのは子供だったという話ですが、捕らえた中に子供はいなかったようです。今の段階ではまだ油断できないと思います」


 カートを少しでも楽にするためでもあったのだが、やはりまだダメかとアーノルドは溜息をつく。


 そんなアーノルドの様子に、カートは気づく。彼がこの計画を実行した理由のひとつに、自分への気遣いがあった事を感じて。

 ぽっと胸が熱くなる。


「カート」

「はい」

「もっと俺を頼れ」

「……はいっ」


 青い瞳が潤み、男らしくなったアーノルドを見る。

 前を見据える横顔は随分と頼りがいがあり、凛々しいと思った。



 到着した扉前で警備の兵に挨拶をして労わってから、王女の部屋をノックする。

 許可を得て中に入ると、二人の大人の騎士が立つ。


「交代に来ました。夜勤お疲れ様でした」


 カートがそう言うと、騎士達はあからさまにほっとした。

 引継ぎのやり取りを終えると二人が入れ違いで出て行く。


「疲れてそうでしたね」

「兵が殺されてから、緊張感が全く違うからな。今まで有事らしい有事もなく、命のやり取りなんて碌に無かったから。やはり死の危険があると実感すると怖いし、緊張感が違う」

「死って、実際はすごく近いですよね」


 カートがとても遠い目をして言ったのがすごく印象的で、アーノルドはカートの後頭部を再三にわたって小突く。


「あいたっ! 今日の先輩、やたらぼこぼこ殴ってきますね」

「おまえがぼんやりしているのが気に食わない」

「ぼんやりだなんて」


 ふわっとした柔らかい笑顔をカートは見せたので、アーノルドはいつものにんまりとした表情を返す。


 二人がそんなやり取りをしているその奥で、アメリアがクスクスと笑っていたので、慌ててカートは居住まいを正す。


「王女殿下、失礼しました。お恥ずかしい所をお見せして」

「いいのよ、楽しいわ。大人の騎士だと無言でそこに立ってるだけだからつまらなくて。あなた達はお話してくれるから好きよ」


 アメリアの手元にはいくつもの手紙があった。


「ドアナからの知らせですか?」

「膠着状態みたい」


 アーノルドは窓際に寄って外を見る。

 外からの侵入を防ぐために、この部屋の窓は開かない仕様だ。

 一日中この部屋にいるのだから相当息が詰まるだろうに、アメリアは文句も言わずに閉じこもっている。少し息抜きをさせてあげたいとアーノルドは思った。


 旅団員が多く捕らえられて、あちらも慎重になって暫く手出しをしてこないかもしれない。


「今日は城壁の方を散歩してみますか?」


 アーノルドは自分の気に入ってるあの美しい景色を、王女にも見せたいと思った。


「ああ、いいですね! あそこからの景色を見ずにラザフォードは語れませんし。殿下、ぜひ行ってみませんか?」

「行きたいけれど、大丈夫かしら」


 カートはにこりと微笑む。


「道中の警備も多いですし、出入り口が限られていて、そこを固めておけばいいだけなので、中庭よりも安全なぐらいですね」

「冬の強風の中、城壁をよじ登る命知らずもいないだろうしなあ」



 少年騎士達はアメリアを伴って城壁に向かう。

 警備兵の配置についても道すがらアーノルドは指示していて、随分とかっこよくなったなあとカートは目を細める。


 出会った頃の散々な様子を思い出すと、顔がほころんでしまう。


 城壁につくと、あの日の事が昨日の事のように思い出される。ここに呼び出されて最初に剣を交えたのだ。今では本当に、ただ懐かしい。あの時落とした剣は今も、堀の底に沈んでいるのだろうか。



「まぁ!」



 広がる美しい風景に、王女が感嘆の声をあげた。

 青い空に一面の緑。ラザフォードの山も森も草原も一望できる。

 ドアナは全体的に土がむき出しで砂漠もあるエリアなので、全く風景が違うのだ。


 水晶木すいしょうぼくも見える。

 空に向かって枝を張る、透明な大樹。


 アメリアは城壁の端に寄って木を見る。その隣にアーノルドは立った。

 カートは背面側の警備のために後ろに立つ。 


「あれが精霊の宿る木なのね、綺麗だわ」

「王女殿下の美しさには叶いません。あの場所は他国人は入れないので、近くでお見せ出来なくて残念です。木に寄り添うように建てられた塔からなら真上から大樹を見る事が出来るのですが、塔は女王陛下の部屋からしか行けない作りで、我々も真上からは見た事がないんですよ」


 アメリアはうっとりとして溜息をつく。


「本当に水晶のように透明なのね。葉は銀色なのかしら?」

「はい。女王選出の時に、一枚だけ葉が落ちるのですが……」

「!?」


 カートが、城壁に並んでいたアメリアとアーノルドを後ろからいきなり引っ張った。

 王女の顔をかすめ片手剣が閃く。カートが引っ張らなければ間違いなく喉を切り裂かれていた位置と勢い。


 二人は尻餅をついた。


 カートはすでに剣を抜き二人の前に飛び出していて、片手剣の持ち主と刃を交える。


「子供!?」


 高い城壁をよじ登り、城壁の外側から片手剣を振るって飛び出して来た賊は、子供といってよい年齢の女の子。


 カートは見覚えがある。


「もしかしてあの屋敷で、出口を教えてくれた子なのか……!?」


 黒髪の隙間からのぞく黒い瞳が、無感情にカートを見つめ返した。


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