第2話 傷ついたのは心
カートはぐっと拳に力を入れ、深呼吸を数度してからピアの部屋の扉を叩く。今日こそは聞き出すのだと。
少年の緊張とは相反するような間延びしたいつもの返事を確認すると、カートは扉を開けた。
本を読んでいたピアが顔を上げる。
「どうした? 急用か?」
急ぎではないなら後にしろと、言外に言われている気がして、少年は本題をいきなり切り出す事にした。
「僕の瞳の力の解除方法が分かったんですよね?」
「……何処でそれを」
「すみません、お城で団長とお話されている所に、偶然居合わせてしまって。盗み聞きするつもりはなかったのですが」
「ほう、盗み聞きと知ってそこに留まったのか」
ピアから責めるような強い口調と目線を投げかけられて、少年は
ぎゅっと更に強く拳を握りこむと、カートもいつもより強めの口調でピアに立ち向かう。
「僕の事を、僕が聞いて何が悪いのですか」
「おまえに今は話していないという事に、意味や理由があるとは考えなかったのか?」
「そ、それは……考えましたが……」
「じゃあ話は終わりだ。今はカートに教える事はない」
「なぜですか? どうして、当事者の僕が知る事ができないのですか」
叫ぶようにカートはピアに詰め寄ってしまった。蚊帳の外に置かれるなんて嫌だった。何か大変な事由があるとしても、人任せにする事なんてしたくはない。
ピアがこの事で苦しんでいるのは感じるし、一人で背負おうとしているのが明らかだったから余計に。
カートの切実な想いをピアは感じ取ってはいたものの、少年に伝えないと決めたのは自分である。全ての解決法が明らかになるまで絶対に言うものかと言わんばかりに、口は閉じられたままで少年の叫びを聞くが、「こちらの気も知らないで」と露骨に苛立った様子を見せた。
カートはあえてそれを無視する。
「自分の問題です、どんな内容であっても、僕はちゃんと受け入れますから、だから……」
「カート」
「わかったら、教えてくれると言ったではないですか」
「カート! いい加減しつこいぞ! ダメだと言っている」
「でも……」
「でもでも、って本当にうるさいな!」
いつしか彼の金色の目線は手元の本に向かい、すでにカートには向けられてはいなかったが、鋭い声は冷たく少年の心を凍えさせる。
ピアを怒らせた。
彼がこのように冷ややかに自分を呼ぶ事なんて今までなかったし、苛立ちと怒りは明らかになっていて、カートそれ以上の言葉を続けられなくなってしまった。
口をつぐんだ少年の様子も見ずに、ピアは畳みかける。
「その質問にボクは答えるつもりはない。それが気に入らないなら、この家を即刻出て行くといい。ああそうだ……もう出て行け! この家の家長はボクだし、保護者でもあるのだから。その決定に従えない者がいつまでもいられると思うな。この家から今すぐ出て行ったらいい!」
何も返答しなくなった少年の顔を見ると、カートは蒼白になり、ぎゅっとシャツの裾を握りしめて必死に耐えている。
明らかにショックを受けていた。
「なんだ? まだいるのか?」
ピアは言い過ぎたかも知れないと思ったが、変なところで頑固なカートを諦めさせるには、これぐらいの強い拒絶が必要であると判断している。
カートは泣き出しそうな顔で数歩そのまま後ずさると、ぱっと身をひるがえして部屋から飛び出して行った。扉は開け放たれたままで、礼儀作法が完璧な普段の少年ではありえない様子に若干の不安を感じたが、席を立つと自分で閉めた。
日が暮れて、カートの気持ちに呼応したように曇天は冷たい雨を落とし始める。ポツポツと地面に水玉模様を描いていた雨は、あっという間に鏡のように空を映す程度の水たまりを早々に作り上げて、その中をトボトボと歩く少年をも濡らす。
顔を伝う雨の雫に、温かい涙が混じっていたが、傍目にはどちらかわからないであろうから、少年はそのままアテもなく街を歩き続ける。
暗くなりつつあったけど、足はどんどん人気のない街はずれの方に向かってしまう。誰にも会わず一人になりたかったし、頭も冷やさなければと思ったから。
「僕はどうしたらいいの?」
ピアに冷たく拒絶された事がとにかく辛かった。
家を出て行けとまで言わせてしまったのだ。
――ピアさんに拒絶される日が来るなんて。
正直なところ、あんなに怒られると思っていなかった。
永遠なんてない事は知っていたけれど、ピアならずっと自分の傍にいてくれるのではないかと錯覚していたのだ。あんな風に怒らせてしまったとしても、まさか出て行けと言われるとは考えた事もなく。
カートにとってピアは甘える対象で、随分と依存してしまっていたことにも同時に気付いた。
――ピアさんは僕の全部を許してくれるのだと。
結局今回も、ピアが折れて教えてくれるのではないかと勝手に期待をしており、それが裏切られてしまった事に傷つく自分が滑稽で恥ずかしく、もうピアの顔をまともに見られる自信がない。本当は帰らなければと思う理性はあるのだけど、足はどんどん勝手に屋敷から距離を取ろうとする。
心のどこかで心配した彼が迎えに来てくれるのではないかとも思ってしまい、立ち止まり振り返る。
しかし、追いかけて来る影はひとつもなくて、寂しさが募って喉の奥に何かが詰め込まれたように感じた。
雨脚はどんどん強くなり、流石にどこかで雨宿りをしなければと思い立つと身体がひどく冷えている事にも同時に気付く。涙をこらえてるときは体が熱くてわからなかったが、この日の雨は冷たくて凍える程だ。
気づいてしまうと、寒い。
少年の目線の先に古びた教会が見えた。
精霊信仰が主なこの国に、精霊の神殿以外の宗教施設が少ないが、他国から入って来た一神教の信者もいるため小さいが無くはなくて。
信者が多いわけでもないため大抵は寂れて打ち捨てられてた状態になっている場所が多く、ここもその一つのようであった。
灯りのついていない教会に人の気配は感じられず、週に数回ほど信者が掃除に来る程度の所なのだろうと思われる。
――今夜は、ここで過ごさせてもらおう。
中央の扉に手をかけると、施錠はされておらず軋んだ音を立ててゆっくり開く。
「誰かいらっしゃいますか?」
丁寧に声をかけてみるが、無音の暗闇に声が吸い込まれて消えた。
十列程の長椅子が並び、その先に何かをモチーフとした像らしきものがあったが、それほど手入はされておらず蜘蛛の巣と埃が散見される。
灯りはなかったが、目が慣れてうっすらと様子は見る事が出来たので、後ろ手で扉を閉め、キィキィと音を立てる木の床を踏みしめながら、祭壇の手前の長椅子に手をかけた。
――今夜はここで休ませてもらおう……。
濡れた服が体に張り付いて体温を奪っていくのが感じられたが、本人が考えている以上にすでに冷え切っていて、思考は鈍くなり服をどうにかしなければという意識は持てずに。
ぼんやりと立つカートだったが、ギッという自分が立てたわけではない音が真後ろからし、ハッとしたときには少年の首に腕がきつく巻き付く。
「誰だ? ここで何をしている」
その声に、少年は聞き覚えがあった。
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