第三章 分かれ道の行く先は

第1話 秘密


 カートは目を覚ます。


 いつの間にか日はすっかり傾いて、夕暮れの赤い光線が窓から刺し込んでいた。


「あ、すっかり寝入っちゃった……」


 そんなにも疲れていたのかと、慌てて体を起こす。左腕の包帯は解かれ、すでに傷は無くなっていた。


「あ、寝てる間にピアさんが来てくれたのかな?」


 ベッドから降り、枕もとに置かれた制服を着て剣を腰に下げると医務室を出る。医師に一声かけておきたかったが、姿がなかったのでそのまま。帰宅するにしてもその前に団長に報告をしなければと思い、そちらに足を向けるが目線の先にピアの姿が見えた。


「あっ」


 駆け寄ろうと思ったが、彼の普段と違う様子を見て声をかけそこなう。


 ひどくやつれて目の下にはくま、頬はこけ無精ひげが散っている。今までこんなにも疲れ切った様子のピアを見た事はない。宰相選挙のため過労で倒れたときであっても、そんな状態ではなかったのに。


 纏っている重苦しい雰囲気からも、今は声をかけてはいけない気がして。カートが城を出立してから、何か大きな問題が起こったのだろうかと心配にもなる。


 ピアはノックもせずに団長室に入って行った。カートはそのまましばらく動けずにいたが、自分もヘイグに用があるから、閉められた扉の前に歩み寄る。ただの雑談であれば、お邪魔してもいいかもしれないと中から漏れ聞こえるピアの声に耳を傾ける。



――僕の名前が出てる……?


 なんだろうと扉に更に近づいて、耳を澄ませる。



「方法は見つかったのだ」

「難しいのか?」

「そうだな……あの魔法を解除するのは、色々な意味で難しい」

「カートはもう騎士団にも、この国にもなくてははならない存在だ。難しくてもできるのならやって欲しいが、どういう方法なのだ?」


――あ、この瞳の魔法の解除方法がわかったんだ!


 あのやつれ具合は、自分が留守の間に見つけ出そうと無理をしてくれたのかもしれないと、申し訳ない気持ちが沸いて来る。


 更に続きを聞こうと思ったところ、突然肩を叩かれ飛び上がる程驚いてしまい、慌てて振り返った。


「カート、探したよ」

「あ、すみません」


 細身の少年がほっとした表情を見せた。


「医務室に様子を見に行ったらいなかったから」

「ごめんなさい、すっかり寝入ってしまって。団長に報告をしようと思って来たのだけど魔導士閣下とお話中で、どうしようかなと……」


 垂目の彼の目が、泣きそうに見える。


「団長への報告、俺がしてやるからさ。カートはもう帰った方がいいよ。顔色はだいぶマシになってるけど、……すごく疲れてるみたいだしさ」

「明日から休暇だし、引き継ぎも……」

「アーノルド様ももう帰宅してるしさ、な? 帰って休んだらいいよ」

「は、はい」


 細身の彼は以前から、カートの健康面をよく気にかけてくれている。そんな彼が休めと言うのだから、自分が思っている以上に疲れた顔をしているのかもしれない。確かに暗殺に備えて神経は張りつめていた。


 ピア達の会話の続きも気になるが、判明したら教えてくれるという約束もしているから、近々きちんと説明してくれるのだろうと思うし、急がなくても良いかと思う。


 細身の少年にお礼を言って、カートは素直に帰途についた。


 入浴を終えた後も、やはり体が重く感じる。

 ピアの帰宅を待ちたかったが、フィーネにも「早く寝て!」と言われ、ベッドに押し込まれたうえに、枕元で子守唄まで歌われてしまったので仕方なく眠る事にする。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 深夜。


 人の気配にカートは目を薄く開いた。


「すまない、起こしてしまったか」


 毛布を掛け直そうとしてくれていたのは、ピアだった。


「ピアさん、おかえりなさい」

「ただいま」


 疲れて早々にベッドに入ったと使用人にでも聞いて、帰宅してすぐに様子を見に来てくれたのか、彼は城での服装のままだった。


 起き上がろうとしたカートは、ピアに押し戻される。


「寝てなさい」

「僕、ピアさんに聞きたい事が」

「今夜じゃなくてもいいだろう?」

「あ、はい……」


 疲れたような微笑みをピアは見せて、横になっているカートに覆いかぶさるようにぎゅっと抱擁をしてきた。


「ピアさん、お髭がちくちくします」

「ああ、すまない。うっかりしていたな」


 カートはクスクスと笑う。ピアもつられて金色の目を細める。


「どうだ、男らしいだろう?」

「はい」

「父さんと呼んでくれてもいいぞ?」

「年齢的にはお兄さんじゃないですか」


 ピアは体を離すと、少年の頬を撫でる。

 それが気持ちよくて、少年は小さく欠伸をし、瞼がゆっくりと落ち始める。


「ピアさん、どうかしたんですか……?」

「いや? 一週間離れていてボクは寂しかったのかもしれない」

「僕も……ピアさんが、恋しかったです……よ」


 そう言うとカートは完全に目を閉じ、寝息を立て始める。


 ピアは少年の頬から手を離すと、カートの短い髪をくしゃりと撫で寝顔を見ていたが、金色の目に涙が縁取りを作りはじめ、慌てて少年の寝所から立ち去った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 休暇も明け、王女の護衛にカートは復帰している。


 なるべく近くにいるため、アメリアの話相手も兼ねて同じ部屋で待機中だ。アーノルドも傍にいて、王女にいろいろなラザフォード国の地域の特色を解説している。休暇中に話しのネタになるような事を一生懸命勉強してきているのが見て取れて微笑ましいが、付け焼刃な知識だから時々カートは助けを求められる。


 それぐらいでまずまず平穏。



 和平交渉は、持ち込まれた親書の通りに。



 リドリー三世は王女を途中で亡き者とする予定だったせいか、親書が女王に渡される事を想定していなかったようで、内容はテンプレートの一般的な交渉に使われる文面を書き写しただけだった。


 戦争の賠償金を支払う事、向こう三十年は絶対に国境を侵さない約束、ラザフォードが他国の侵攻を受けた場合は共に兵をあげるなど、大盤振る舞いの内容であったという。


 正式な使者の正式な親書の内容であるから、気軽に反故できるものではなく、今頃歯噛みしているだろうと笑って王女は言う。


 王城を取り囲まれ、退位を要求されている状態だが、城内の人々を人質にして未だ立てこもり反抗しているというから、呆れて物も言えない。


 だが追い詰められた王は何をするかわからず、益々アメリアの身に危険は及ぶ。


 ヘイグ等はこれを機に、城内に侵入している不穏分子を一気に片付けようとしている様子もあって、本当にあの人は使えるものは何でも使うなあとカートは思う。



 アーノルドの話題もそろそろ尽きて来て、最近の出来事を語るようになってきている。


「王女殿下が賊に狙われた時の話を、父上と母上にしたところ、なんと勇気のある行動かと、とても喜んでもらいましてね」


「素晴らしい活躍をされたと聞いておりますわ。私は気を失っていて、その雄姿を拝見出来なくて残念です」

「本当にお見せしたかった! カートも保護者殿に報告したんだろ? どうだった反応は」


 カートは突然話を振られて困惑した。

 実はあれからずっと、ピアとは会話が出来ていない。


 自宅の部屋であっても宮廷魔導士の部屋であっても、追い返されてしまう有様。国境まで行った時の話をしたいと伝えたら、レポートを書いて提出しろと言われてしまった。


 書いて渡したけれど、それに対して何も返答は得られていない。



 ピアはどんどんやつれて疲れきっているから、少しおしゃべりの時間を作って休んでもらおうとも思ったのだが、カートとの会話を極力避けているようにも思えた。



――ピアさんは、いったい何をしているんだろう……。



 自分の中に宿る魔法の対処法についてだろうというのは、なんとなくわかるが、どうして何も話してくれないのか。



 言葉を詰まらせた少年を見て、アーノルドとアメリアは顔を見合わせた。



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