第7話 帰城


 十騎は馬車を囲み、無事王都にたどり着く。一週間離れていただけなのに、懐かしさを覚える。


 見覚えのある景色の安心感、無事任務を果たし終えた安堵感。


「やっぱり王都が一番だな」


 アーノルドが感慨深げに言うと、二人の少年騎士もうんうん頷いた。家に帰ったら南の町の話や、賊を撃退した武勇伝など語る事もたくさんあるから、報告を終えたら飛んで帰りたい気持ちでいっぱいのようで、少年達はそわそわとしている。


 唯一、カートだけはアメリア王女の秘密をどのように報告するか、必死に頭をひねっていて、深く考えに沈み込んでいる。


 馬車に目をやると窓から王女の顔が見え、目が合うとアメリアはニコリと微笑んで来る。信頼し任せてくれていると感じた。


 彼の気持ちをなるべく汲む形で、なおかつラザフォード国への影響は最小限にしなければならないと思うと、自分一人の考えではなかなか解答が見つからない。やはり団長に相談する事は必須だと判断する。


 場合によってはピアにも教えを乞いたい。



 

 使者のためにあつらえられた客間に、アメリアは案内される事となる。

 疲れを取ってからが良いだろうと、謁見は明日という事になっていたから、まずはゆるりと休んでもらう事に。


 カートは王女を案内する前に、部屋の中を確認していく。ベッドの下やカーテンの影、枕も叩いて確認し、額の裏側まで丁寧に見てまわり、一緒に部屋に来たアーノルドを不審がらせる。


「城の中で何かあるはずなかろう?」

「……念には念を……」


 カートは烏羽根からすばねの旅団に対し、恐怖心がある。ダグラスには全く歯が立たなかったし、ドアナの国王が直接派遣してきた賊と比べ、ダグラスたちは破格に手練れていた。


 アメリアを付け狙うのは間違いなく彼らだと思うと、どうしても慎重になってしまう。



 アーノルドは心配症のカートに肩をすくめたものの、不意にテーブルに用意されている水差しが気になった。

 こういうものは王女が入室してから新鮮なものを持ってくるべきだろうに、あらかじめ置いてあるというのが。


 蓋をあけて匂いを嗅いでみるが、何もおかしい事はない。

 

「うーん?」

「どうしました先輩」

「いや、この水差しがちょっと気になっただけだ」


 指摘されて、カートも違和感に気付く。


 カートは傍らに伏せて置かれていたカップに中の水を少し注ぎ、懐から小さな青い付箋の束を取り出して1枚剥ぎ取るとそれを水に浸す。


「何だそれ?」

「以前陛下に毒が盛られた事があったでしょう。毒物に反応する薬剤を染み込ませてある検査用紙を作ってもらったんです。青のままなら無毒、赤になれば毒です」


 浸した付箋は青。


 アーノルドは、気にしすぎだったかと思ったが、時間を置いて付箋は徐々に紫に変化し、やがて赤になった。


 二人は無言でそれを見つめる。



「暗殺団はすでに、入りこんでるみたいですね……」

「この部屋を準備した侍女を洗う」

「お願いします」



 カートは水差しを片付け、隅々まで確認し尽くしてからアメリアをこの部屋に案内した。


「お待たせしました」

「ありがとう」

「ご不便をおかけしますが、護衛の関係がありまして、このお部屋からお出にならないようにお願いします」


 申し訳なさそうにカートは言うが、アメリアは少年の声に女言葉で気楽に答える。


「ドアナにいた時と何ら変わらないから気にしないわ」


 ブーツの紐を解くと、ポイポイと脱ぎ捨てる。


 

「苦労をかけるわね」



 カートは毒物検査の付箋紙を半分にし、アメリアに渡す。


「全ての飲食物を確認しきれないかもしれません。殿下の方でも小まめに確認していただけますか? 赤になった場合は口にされないでください」

「わかったわ」


 王女はそれを受け取る。



「短剣を譲ってくれないかしら?」

「短剣ですか?」

「自分の身だから、自分でも守らないとね」


 不敵な微笑みを見せる王女に、カートは自分の短剣を鞘ごと差し出す。


「あなた方に甘えるだけはしないから。そろそろカートも休んだ方が良さそうよ。随分と顔色が悪く見える」

「え、そうでしょうか」


 緊張続きだったが、城に来て少し気持ちが緩んだのだろうか。確かに体が重い気もする。


「明日から僕は二日の休暇に入るので、大丈夫です。その間の護衛は他の者が担当しますが、信頼できる実力者をお付けしますので」

「気遣ってくれてありがとう。あなたには特にお世話になったから、ゆっくりと休んでもらいたいわ」

「ありがとうございます」



 カートは部屋を辞すると、騎士団員の詰め所に向かい、大人の騎士達と合流すると、王女を部屋に案内し終えた報告をする。

 隊長騎士は報告書をまとめたところで、これから団長のところに行くという。

 

「僕、殿下と二人になったときに聞いたお話で、団長にお伝えしたい事があるので、報告に同行してもよろしいでしょうか」

「よろしい、一緒に行こう」



 カートはヘイグに、アメリアの秘密と彼が望んでいる事のすべてを報告し終えた。一番重要な秘密の重荷を騎士団長に預け終えた事で、少し気が楽になる。



 報告を終えて戻り、詰所の椅子に座ったまま伸びをしていると、細身の少年が声をかけて来た。


「なぁカート、医務室に行こう」

「え?」

「腕、血が滲んでる」

「あ、あれ?」


 包帯は今朝変えたばかりなのに、鮮血が再び滲んでいる。


やじりに、何か塗られていたんじゃないのか? ちゃんと診てもらおう」

「はい、そうですね」


 流石のカートもこの状態はおかしいと感じ、素直に細身の少年に連れられて医務室へ。

 指示されて上着を脱ぐと担当医師の診察を受ける。今日の宿直は四十代の女性医師。

 心配そうに細身の少年が付き添って立つ。


「これ、いつの傷なの?」

「三日前です」


 医師は眉を寄せて傷の様子を検める。


「浅い傷なのに、全然塞がっていないわね」

「馬にずっと乗っていたからでしょうか」

「うーん……。治癒魔法で完全に塞いだ方がいいかもしれないわね」

「あ、じゃあピアさん……魔導士閣下に治してもらいます」


「そうね、それがいいのかもしれない」


 応急処置として消毒をすると薬草の湿布をされ、再び包帯が巻かれる。沁みて少し痛い。


「この薬を飲んで、少し横になって休んでいきなさい」

「え、でも……」

「カート、そうした方がいいよ。おまえ、顔が真っ白なんだぞ」


 細身の少年にそう言われて、頬に手をやると顔がひんやり冷たい。体も確かに重くて、休息を欲している感じもした。

 素直にもらった薬を飲み下し、医務室のベッドに横たわる。薬のせいなのか疲れのせいなのか、カートの意識はあっという間に遠のく。


 そんなカートの様子を見ていた医師は、細身の少年に告げる。


「魔導士閣下が、彼の保護者なのよね」

「はいそうです」

「説明をしたいから、呼んできてくれるかしら?」


 医師は重々しく言った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る