第4話 騎士の本分
地方の小さな宿場町で、王族や貴族が着るようなドレスなどもちろん売っているはずもなく、人形の服やフィーネの服を買う手伝いの経験のあるカートがあちこちを探し歩いたが、結局は町娘のような服しか手に入らなかった。
恐縮する少年騎士に、王女は明るく笑う。
「動きやすくて気に入りましたわ!」
ひざ下丈のスカートに編み上げのブーツ、首元にフリルのある白いブラウスを着た美しい王女は、長い髪をツインテールにしてリボンを結び、スカートをひるがえしてくるりと回って見せる。
「アメリア姫、あなたは何を纏ってもお美しい」
アーノルドがさりげなく言う。白い歯が光る笑顔と共に。
王女は微笑みで応じる。
朝食の後、手配した馬車が宿の前に到着したので、一行は早々に出立の準備を行う。
宿の清算をしていたカートの元に金髪巻き毛の少年が寄って来た。
「おいカート」
「はい、何でしょう先輩」
「馬車へのエスコートってどうするんだ?」
かっこよく王女を案内したいようだが、スマートなやり方がわからないアーノルド。カートは丁寧に教えたが、どうにも言葉では伝わりにくい。
「全然わからん!」
「えっとじゃあ、出発の時は僕がご案内します。それを見て、覚えていただけますか」
「うむ、そうしよう!」
ぶっつけ本番で恥をかきたくない金髪の少年は、最初の一回目をカートに譲る事にしたのだ。
宿から出て来た王女に丁寧にお辞儀をし、カートは扉を開け王女の手を取る。
――ん?
王女の左手を取ったとき、カートは違和感があって驚いたような表情を出してしまう。
ふわりと王女は少年に微笑むと、右手の人差し指を唇にあて、可愛らしく首をかしげて片目を閉じて見せ、優雅に馬車の中に入って行った。
カートは少し思うところはあったが、静かに扉を閉め、踏み台を御者台に戻す。
一連の流れをアーノルドはメモを取りながら見ていた。
そして目を閉じて動きを真似、反芻を繰り返す。
「勉強熱心ですね、先輩」
「次は俺がやるからな!」
少年は「はい」と返事を苦笑と共に返すしかない。
順調に折り返しの二日目。護衛といってもラザフォードの治安の良い街道沿いで何かあるわけでもなく、順調な旅を続ける。
しかし一行の歩みは、川にかかる橋を前にして止まった。
隊長騎士の命令を受けた細身の少年が代表して、橋前に出来た人だかりに様子を伺いに行き、駆け戻って来ると見聞きした情報を報告する。
「橋が壊れてしまったとのことです」
この川にかかる石橋は修理中で、隣に仮設の木の橋をかけていたのだが、重量のありそうな荷物を運んでいた馬車が無理矢理渡ろうとし、崩壊したという。
どうやら一行がここに来る直前だったらしく、橋はまだその大半を水に沈ませたまま。突貫で仮の橋を作るにしても、一日かかるという。
人が渡る程度の橋なら浮き橋で済むが、馬車や荷車、馬は難しい。
「迂回するしかないか」
「街道を大きく外れる事にはなりますし、道も悪いので五時間ほどは遠回りになるかと」
大人の騎士達が地図を広げて相談をする。
「だがここで復旧を待つわけにもいかんだろう。ドアナの様子も不安定だからここは迂回してでも先を急ごう」
隊長騎士の言葉で方針は決まり、一行は東にあるもう一つの橋を目指す事になった。
だがこのルートには問題があり、道中は荒地や森で人家がないため宿泊はできない事になる。
野営の準備はしてあるものの、男の集団の中で王女を野宿させるのは抵抗があるしで。
なるべく急ぎ、日が暮れる前に次の街を目指す必要があった。
五時間の遅れは大きいが、小さな町にはたどり着ける計算。
他にも複数の隊商が、同じ迂回路を選んだようだった。
「魔物がいると聞く地域でもないが、獣の類は出るかもしれない。周囲に気を配るように」
隊長に言われ、少年騎士達はやや緊張する。
アーノルドあたりは、自分が対処できる程度の強さで手強そうに見える獣でも出て、活躍の場を作ってくれないかと不穏な事を考えていそうな様子があるが、これといって特に何もなく。
無事に迂回用の橋も渡り終えて、カートはほっとした。
少し休憩を入れるため馬を止め、道の脇に馬車を寄せる。
騎士達も馬を降りて、休ませていた。
商人風の大きな二台の幌馬車がそんな彼らの前を通り過ぎて行き、そして止まる。
幌が捲れ上がり、
その数二十人。
男達は無言。
「なんだお前達は!」
隊長騎士の
幌馬車が不自然に止まったとき、異変を感じた大人の騎士とカートはすでに剣を抜いていたが、アーノルドと他二人は抜きそこなっていた。
「先輩たちは姫君の護衛を!」
カートは叫ぶと大人の騎士と共に矢を叩き落としながら、肉薄してきた男と刃を交える。鉄と鉄が合わさり火花が散った。
アーノルド他二人も剣を抜きつつ馬車に寄る。
「姫君、緊急の事態です、お気をつけください」
声をかけるため扉を開けたアーノルドの目に飛び込んで来たのは、反対側の扉を開けて、王女を攫おうとしている賊の姿。
「しまった! 前のやつらは陽動か」
アーノルドが馬車の裏手にまわりこむと賊は三人いて、一人は王女を抱え、二人が剣を構えアーノルドにとびかかって来た。
「くそ」
アーノルドと細身の少年がその賊の相手を、太目の少年が王女を連れ去ろうとする男に向かって走るが、彼は足が遅かった。どすどす、ふぅふぅと早々に息を切らしながら追いかけるが、あっという間に引き離される。
気づいたカートは、愛馬を呼んだ。
「カルディア!」
カートはなんとか目の前の賊を切り伏せると、駆け寄りUターンをした馬の手綱を掴んで体を跳ね上げる。飛んできた矢は振り向きながら叩き落とすが一本が左腕をかする。
「……つっ!」
かすり傷には構わず馬を駆り、走る太目の少年を追い越したが、目線の先に繋がれた馬がいて、荷物のように気を失った王女を抱えた男が馬に乗ると、一気に駆けだした。
長旅をしている黒馬には疲れがある。
カートはカルディアの疲労を感じたが、あと少しだけ頑張ってと励ますと、相棒は応えてくれた。
こちらの馬は疲れているが、相手は二人乗り。道を外れ、荒れた道で距離を稼ごうとしたようだが、カートの方は人馬一体の息のあったコンビ。荒れた道は逆に賊に不利となった。
追跡劇が続くうち森が更に深くなり、木の根と岩場の上下にうねる足場になるとついに賊の馬が蹄を窪みにはめて体勢を崩し、どうっと音を立てながら横転し王女と賊は大きく投げ出された。
カートも馬を飛び降り、剣を抜きなおし構えるが、賊は落馬の仕方が悪かったようで微動だにしない。
慌ててカートは王女に駆け寄り助け起こす。
「王女殿下! アメリア姫!」
「ん……」
王女はゆっくりと海の色の瞳を見せた。
カートはほっと息をつく。
「痛みのある場所はございますか?」
「大丈夫、軽い打ち身だけみたい」
「立てますか?」
「ええ」
手を貸して立ち上がらせ、一応怪我をしていないかを目視で確認する。
「殿下はここでお待ちください」
カートは賊の元に歩み寄る。首がおかしな方向に曲がっていて、即死のようであった。目的がわかるものを持っていないか、持ち物を検めてみた。
――流石に身元がわかるような物は持ってないか……。
続けて転倒した馬に歩み寄る。
「無理な走らせ方をされちゃったんだね」
優しく声をかけて、たてがみを撫でる。
「怪我はない?」
馬は鼻を鳴らすと、立ち上がり首を振った。
鞍にも荷物をない様子。手綱を取って王女の元に戻る。
「随分走ってしまいました、暗くなってきたのでこのまま野宿になってしまうかもしれません」
「わかったわ、大丈夫よ」
王女は気丈に応え、そして凛々しく笑った。
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