第3話 烏の羽根の落ちる先


「人形姫だ」


 民衆がざわりと声を上げる。


 少女は侍女を伴って、するするとラザフォードの騎士達の前まで歩み寄って来ると、優雅な仕草でお辞儀をし、民衆も怒気を削がれたように見つめる。


「ドアナ国第四王女アメリアです。このたびドアナ国王リドリー三世の親書をグリエルマ女王陛下にお渡しするという役目を申し使っております」


「王女殿下が、御自ら使者に立たれているとは」


「父からは親書を届ける事のみが指示されております。馬車に何が積まれているかは関知しておりませんの。突然民衆にあらためさせろと囲まれまして、対応がわからず苦慮しておりました。ご助力をいただき感謝いたします」


 すらすらと言葉を紡ぐ王女に、民衆のざわめきが収まらない。


 何故彼らがそのような態度なのかカートにはわからない。狼狽する民衆の中、何故か代表者らしい男だけは驚く素振りでない事に気付く。



 少女は民衆に向き直ると、凛とした声を出す。


「馬車を検めてくださいまし」


 その言葉に馬車の護衛兵たちは御者を含め全員が馬車から距離を取り、民衆に明け渡した。



 十人の男達が馬車のあちこちを調べはじめる。

 ほどなくして、民衆は色めき立つ。


「車軸に金貨が!」

「椅子の下に宝石が!」

「これは門外不出の古文書では」


 王女が深い深いため息をついた。



 民衆は厳しい顔をし、代表の男が騎士と王女の前に立つ。


「財宝の持ち出しを試みていたことが明らかになった。これは国王の行動の証拠になるから馬車ごと我々にお引渡し願う。馬車の護衛兵、侍女にも城に戻ってもらう」

「王女様のおそばを離れるわけにはいきません!」


 侍女は反論するが、ぐいっと民衆の一人に腕を引かれ、引き離される。

 侍女が舌打ちした事にアーノルドは気付き、怪訝な顔をした。



「王女殿下はこちらを」


 粗雑に、王女に小さな親書の入った箱が渡される。

 中の文言も検められたらしく、封は切られていた。


「ラザフォード国には姫君、お一人でどうぞ」

「供もなくですか?」


「その方が安全なのでは?」


 意味深な言葉にラザフォードの騎士達は顔を見合わせるが、王女は真剣なまなざしで小さく頷く。



 男は騎士達に向き直ると、うやうやしく一礼をしてみせた。


「名乗りが遅れ失礼した。私はドアナ国の辺境領主グランドと言う者。兼ねてよりの圧政に苦しむ民衆のため、戦う事を決意した男だ」


 グランドは身なりも市井の人々と同じで、日焼けした肌に質素な出で立ち。領主をしているような男には到底見えないが、民衆を惹きつけてやまないカリスマ性は醸し出されている。

 民衆の蜂起は散発的なものではなく、この男によって組織だって行われたようだ。


 民衆は馬車に数人が乗り込み、兵たちから武器を取り上げて元来た道を引き返し始めていく。

 ある程度離れ、声が届かなくなったところでグランドはラザフォードの騎士に改めて礼を施す。


「近く、リドリー三世には退位いただく。すでに都は抑え、今頃王城は包囲済だろう。近く退位の知らせがそちらに行くはずなので、それまで王女殿下をよろしく頼む。それではまた」


 踵を返し、颯爽と立ち去る男をラザフォードの騎士は茫然と見送るしかなかった。


「何だ? いったいドアナで何が起こっているんだ」


 大人の騎士の一人がやっと声を出した。

 隊長騎士はしばし考え込むが、かぶりを振って気を取り直す。


「我々の任務は使者殿を護衛し、無事王都にお迎えする事。まずはこれをこなそう」


 隊長騎士が振り向くと、アーノルドが王女にひざまずいて口説きはじめていた。目の錯覚か、彼の背景にキラキラしたものが見える。


「わたくしめは、ラザフォード国屈指の名門、デルトモント公爵家のアーノルドと申します。若年ながら少年騎士を総括する班長に叙任された身、こたびの護衛につきましてはぜひお頼りください、王女殿下」

「アメリアとお呼びくださいまし」

「アメリア姫」


 促され立ち上がるアーノルドと見つめ合ってはいたものの、若干王女は引いているようだ。

 だが即座に取り繕って、美しい微笑みを彼女は返した。



「あの……姫君のお召し替えはどうしたらいいのでしょう」


 カートの疑念に全員が顔を見合わせる。彼女は親書だけを渡された身ひとつである。


「それに、馬車をどこかで調達しないと」


 騎士達が相談をしているその横で。


「よろしければ殿下、馬車が調達できる街まで、このわたくしめと相乗りをいかがでしょうか。我が愛馬は名馬中の名馬、至上の乗り心地をお約束します」


 爽やかな笑顔にアーノルドの白い歯がキラーンと光る。

 一国の王女に対していきなりの申し出に周囲は青くなったが、ここまで突き抜けるといっそ清々しく見事だと思ったのか、アメリア王女はクスクスと楽し気に笑ってくれた。


「宜しくお願いします、アーノルド」


 とりあえず一番近い街まではアーノルドが王女と相乗りし、着替えの調達と馬車の手配をするという事に決まった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 宮廷魔導士の部屋で書類仕事を片付けているピアの元に、ヘイグがやってきた。


「今いいか?」

「ああ、ヘイグか。丁度一息入れようと思っていたところだ」


 ヘイグは慣れた様子でソファーに座り、その横で少女人形がトコトコとお茶の準備をはじめた。ピアは手元の書類を重ねてトントンと整えると、クリップを挟んで脇に投げ置いてから、ヘイグの対面に座る。


 お茶と菓子が卓上に並べられ、ピアは早速、焼き菓子をつまんで食べ始めた。


「相変わらず甘党だな」

「脳みそには糖分が必要なのだ。で、何かあったのか」


 ヘイグは両手を組むと軽く溜息をつく。


「カートが、闇賭場の監視者と会えないかと言ってきて」

「闇賭場? ああ、あの屋敷か」

「あの子はやはり、ああいう場所の存在が許せないみたいだな」


 ピアはお茶を続けて含むが、熱くて慌ててカップから唇を離す。何度かふーふーと息を吹きかけて、おそるおそる口をつけて舌を湿らせる事に成功すると、カップを見たまま返事をする。


「まだお子様だから。正義感もあるし、自分で考えて行動する点は立派だが、ああいう場所の存在を認めるのには抵抗がある様子ではあったな」


「そういう事もあって、まだ近づけさせたくはないと思っているのだが、ピア的にはどうだ」


「賛成だ」


 ヘイグもピアに習い、紅茶を口にする。


「もう知っているかもしれないが……烏羽根からすばねの旅団がまた、活動を活発化させている」

「あのダグラスが所属していた暗殺団だな」


 世界を股にかける大きな組織。歴史も古く、百年以上活動をしており、戦乱の歴史の影には彼らありと言われる。暗殺者と言っても影で暗躍するだけではない。戦場に出られる人数を揃えた部隊も有しているから、傭兵集団と言うべきか。


 所属アサシンの裏切りは「死をもって償え」という厳しい規律がある事でも有名だ。

 かなりの謝礼金を必要とするが、暗殺の成功率はかなり高く、今は隣国ドアナに雇われている事が明らかになっている。

 ラザフォードも被害を受けたが、ドアナ国王自身の采配ミスのおかげでぎりぎり難を逃れた状態だ。


「カートの力の事が……あのおしゃべり神官カイトのせいで、どうも奴らに伝わっているようなんだ」

「クソ神官め」


「例の屋敷の監視者は、その烏羽根からすばねの旅団の脱退者だ」

「そうなのか」


 ピアは知らない事だったので、驚く。自分達を逃がしてくれた手際は確かに手練れた印象であったが。


「父の代から依頼しているから二十年近くになるベテランだな。だがそれほどの年月を経ても未だ旅団から指名手配されている状態だというから、彼の保護のためにも旅団に狙われる可能性のあるカートを、あの屋敷に近づけるわけにはいかないと俺は考えている」

「なるほどな」


「この事はカートにも言ったのだが、諦めきれないようだ」

「もし、行きそうな気配を見せたら止めておこう」

「頼む。ところで……」


 ヘイグの顔がだらしなくゆるむ。


 その後の時間、ピアはヘイグの生まれたばかりの息子ジョナスについての親ばか話を聞かされる事になった。


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