第6話 乙女の危機
「だから、焦るなと言ったのに」
「ごめんなさい……」
カートは短剣を取り上げられ、ピアと一緒に複数の男に囲まれ地面に正座している。縛られてはいないが、屈強な男達を前に成すすべがない。
フィーネの居場所を聞き出そうと、裏手に出て来た一人の男に目を付けたのだが、焦って飛び出したカートはもう一人後ろにいた事に気付かず、手助けしようと出て来たピア共々、仲良く捕まった。
「今日はなんだ? 随分と綺麗どころが飛び込んで来るな」
「こっちの
一人の男に乱雑に顎を掴まれるカート。またか、と思う。この見た目で得した事や良かった事は一度もない。いつも向けられるのは虐めか欲望の対象としての視線だ。
「これは随分と高値になりそうだな」
「金持ちの奥方が金に糸目をつけないだろう」
「いやぁ、これは男でも放ってはおくまい……」
カートの事は明らかに売り物になると判断した様子で、捕らえた二人を立ち上がらせると、地下牢に連れて行く。
地下牢には先客がいた。
「フィーネ!」
反射的にカートは叫んでしまい、「ばかっ」と小声を発してピアは呆れたように天井を仰ぐ。少年はハッと我に返った。
「なんだ、知り合いなのか」
「なるほど、お姫様を助けに来た騎士様としゃれこんで、ここに」
騎士は本業だが、流石にそれは口にしない。
「こんな子供が助けに来るぐらいだから、全員このまま売り払っても騎士団の追求はなさそうだな」
「ははっ違いねえ」
隣の牢に入れられる。フィーネはベッドで爆睡していて、カートの声にもこの騒ぎにも目を覚まさない。さすがに不自然で、もしかしたら眠り薬を盛られているのかもしれないとピアは思ったが、実際は暴れ疲れて図太く寝ているだけだ。
「残念だったな。明日には仲良く三人売りに出されるだろう。同じ買主だといいな」
下品な笑い声を立てる四人の男達。そこにもう一人の男がやって来た。
「おい、ジグ様が黒髪の小娘の方を吟味するから連れて来いと言ってる」
「ああ、やっとか」
スキンヘッドの男が隣の牢に入り、眠るフィーネを荷物のように担いで連れ出して行く。
「フィーネ!」
たまらずカートは鉄格子を掴んで叫ぶ。
男達は立ち止まらず、扉が閉まる直前に担がれていたフィーネの目が開き、求めていた姿を見出す。
「カー……!」
声を遮るように扉は締められてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ピアさんどうしましょう」
「フィーネの事になると、本当におまえは残念な感じになるな」
「だって……」
腕を組み、顎に手をもっていくいつもの考える癖を見せるピアだが、こんな早々に捕えられる事は想定外だったから、妙案が思いつかない。
いつもは明晰なカートも、鉄格子を掴んだまま途方に暮れている。
どれくらいの時間、何もできずにいただろうか。打開策が見つからず、牢の中をうろうろするピアと、扉を見つめながら鉄格子が温まる程に掴んだままのカート。
無言の二人の耳に、チャリッという金属音が飛び込んで来た。小銭が鳴ったのか、鎖なのかと思った音の主は石畳の床に落ちていた。
黒い鉄の鍵。
ピアはそれを拾って、壁を見上げていく。
上部には空気を入れるための小さな穴がある。そこから投げ込まれたようだった。
「鍵ですか?」
「ああ、そうみたいだ」
その穴をじっと見つめるが、投げ入れるには壁の厚みの距離がある。確実に牢の中に落とすには手を差し入れる必要があるだろうが、あの穴のサイズだと子供の腕ぐらいしか通らないだろう。
考えても仕方ないと頭を振ると、鍵穴に差し込む。
何の抵抗もなく鍵はカチャリと音を立てて開いた。
「いったい、誰が」
「この屋敷の監視をしてる奴だろうな」
「ピアさんは誰なのかご存知なんですか」
「直接会った事はないから、顔を見てもわからないが」
二人は牢を抜け出すとその先の扉に手をかける。施錠されていない事を確認すると音を立てないようにゆっくり開けた。
周囲を伺うが見張りの姿はない。
二人はするりと抜け出すと、階段を上った先の扉も抜けて、闇に乗じ茂みに身を隠しながらフィーネを探す。
おそらく、この場所を仕切っている人間の元に連れていかれたのだろうと推測した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「きゃん!」
荷物のように担がれていたフィーネは、豪華な絨毯の上に荷物のように投げ落とされた。縛られてはいなかったから受け身が取れた事と、ふかふかの絨毯で怪我はせずに済んだが、痛いものは痛い。
「いたた……」
「おい、商品を乱暴に扱うなと言っただろう」
「あ、ヘイ、すみません」
「お前たちは雑過ぎる、まったく」
フィーネの前に歩み寄って来たこの部屋の主は、背の高い筋肉質の中年男。五十前後の男盛り、精悍な顔立ち。やや長い黒髪は後ろにすべて寄せてまとめられ、山賊や海賊の親分というようなイメージだが、服装は貴族の纏う洗練された豪華なもの。それでも目つきの鋭さや表情から、まともな方面でない事は一見して理解できる。
フィーネはなんとか体を起こすと、キッと男を睨みつけた。
「この娘は気性の粗い野良猫のようで。お気をつけください」
「ほう?」
男が手を少女の頬に添えようとした瞬間。
「お!?」
「ジグ様!」
フィーネは男の腕に掴みかかると同時にガブリと噛みついたのだ。
通常の貴族の令嬢ならびくりと震えて目を閉じるか、手で払って「無礼者」の一言を発するであろうが、この娘は躊躇なく噛みついて来た。
部下の男達が色めき立つ。
「ジグ様! この小娘ェ!」
「まて」
力いっぱい噛みついたままの少女は、腕を引いてもそのままだ。
「面白い、気に入った」
「ふが?」
噛みついたままのフィーネが疑念の声を上げると、襟首を猫の子のようにグイっと引き上げられ、「きゃあ」と悲鳴を上げた事で噛みついていた腕から離れる。腕にはくっきりと綺麗な歯並びの歯型が刻まれていた。
ジタバタと暴れるがどうにもならない。
「賭場が荒れてイライラしていたところだ、丁度いい」
目配せをすると、部下の男達は心得たように部屋から出て行き、暴れるフィーネとジグだけが豪奢な部屋に残される。
絨毯の上にはさらに大きな白い毛皮が敷かれて、いくつものクッションの上にフィーネは投げ落とされる。
「ふぎゅっ」
クッションと毛皮のおかげで痛くはないが、胸を打って息が詰まる。
「その毛皮はどうだ? 良いさわり心地だろう。北方に生息する白い熊だが、俺が素手で仕留めた。熱い戦いの戦利品がそれだ」
自慢話をしながら、男はするすると上着を脱ぐ。
「俺は逆らう生きの良い相手を力で組み伏せて支配するのが生きがいだ。おまえは楽しませてくれそうだ」
上半身が露わになった男の体には、無数の傷。隆々と盛り上がる逞しい筋肉がフィーネを圧倒した。そして今からこの男が何をしようとしているのかを察して、身構える。
「う、売り物に、傷をつけていいの……?」
「決めた、身代金請求に使う。おまえの容姿には見覚えがある。キッシュ家の娘だろう? あそこの奥方はこの屋敷の上客の一人だったからな」
フィーネは手近にあるクッションを掴むと、必死でそれを投げつける。
男は楽し気に簡単にそれを払い除けながら近づく。
後ろ手で必死にまさぐるがクッションはもうない。手は武器になる物を必死に探すが、ふわふわとした毛皮の感触のみ。
「母様を知ってるの?」
男は目を細めて笑う。
「魔力量の多い男をご所望という珍しいリクエストだったからな。俺は魔法には頼らないが、魔導士の家系で魔力量だけならご希望に沿うから相手をした事もあるかもしれない。客の要望には全力で応える主義だ」
男が腕を伸ばす、フィーネは逃げる。
腕を蹴とばす。
近づくものに全力で噛みつき、ひっかき、とにかく暴れた。
しかしひとたび掴まれると男の腕力からは逃れられず、藻掻いて身を揉むだけになる。
「離せヘンタイ!」
「ほう、これはこれは」
感心したように男はフィーネの胸元を見る。
襟ぐりに手をかけると一気に引き裂く。
「やめて、父様!」
フィーネは叫んだ。男の手は止まる。
「は?」
「母様が言ってたわ、あたしの父親はこの屋敷にいる、一番魔力量の多い男だって。と言う事は、あなたなんでしょ?」
男は少し考えるそぶりを見せたが。
「俺がガキが出来るようなヘマをするわけねえだろ」
フィーネを押し倒し、
「それに万が一実の娘だろうが俺は気にしないしな」
暴れる事もままならないが、どうにかしてこの窮地を逃れられないか彼女は考えるのを辞めなかった。
黒い子猫は諦めない。
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