最終話 今こそ〇〇!

「穂花、あれ、出口じゃないか?」

「ホント!?」

 彼女の手をぎゅっと握る。

 そこから二人は駆け足になった。洞窟の出口は、キャンプ地に行く時に通った砂利道に面していたのだ。

「やった!」

「脱出できた!」

 ツルハシを放り投げ、俺たちは手を取り合って喜ぶ。

 月明かりが穂花のとびっきりの笑顔を照らす。遠くには町の光も見えた。俺たちは助かったのだ。

 ふと穂花を見ると、彼女が着ているカーディガンは半袖になっていた。それもそのはず、散々解いて食べたり、ウリ坊にスマホをくくり付けたりしたんだから。それは俺たちの勝利を象徴するニットのベストだった。

 感極まった俺は穂花を抱きしめる。彼女も素直に体を預けてくれた。

 ――二人だから頑張れた。穂花だから守りたかった。

 体が離れると二人は見つめ合う。

 まさか、こんな日が訪れるとは思わなかった。

 心を揺さぶるくらいに穂花のことを愛おしく感じるなんて。

 するとゆっくりと穂花が目を閉じた。

 ――今こそ!

 意を決した俺が彼女に唇を近づけたその時――見慣れたRV車のヘッドライトが、俺たちのことを照らしたのだ。


「大丈夫か? 穂花! 凛太朗くん!」

 RV車は俺たちの前で停まると、運転手が慌てて下りてきた。健介さんだ。

「大丈夫よ、パパ!」

 穂花が健介さんの胸に飛び込む。

「ありがとうございます、健介さん」

 俺は深々と頭を下げた。

 穂花のメールは、無事に健介さんに届いたのだ。


 それから二人は健介さんの車に乗ってキャンプ地に戻り、テントで服を着替えた。

 着替え終わると町の日帰り温泉に向けて出発する。幸いそこは深夜まで営業している施設だった。

 車の中では、助手席の穂花が一部始終を健介さんに話している。身振り手振りを添えて楽しそうに。

 楽しかった――と訊かれたら、どう答えたらいいのだろう?

 少なくとも確実に言えるのはお互い必死だったということ。決して後悔しないように目の前の出来事に向き合ってきた。そして俺は、小学生の頃の決意を思い出すことができた。

 町の灯りが近くなってスマホの機内モードを解除すると、ピコーンとメールの受信音が鳴る。見ると新規メールが四件、いずれも穂花からだった。

 俺はメールを開く。


『パパへ。

 湧き水に行く途中に開いた穴に落ちて出られなくなりました。

 助けて下さい。穴の場所はポリタンクが目印です。

 凛太朗も一緒です。

 パパ、ママ、今まで本当にありがとう。

 もしものことがあっても、それは好きな人と一緒の幸せな最期でした。

 穂花』


 おいおい、穂花よ。こんなメールを健介さんに送ってたのかよ。

 わざわざ俺にCCしてるって、一種の告白じゃねえか。

 だからキスしようとしている俺たちを見ても、健介さんは何も言わなかったんだ。

 俺は何度も何度もメールを読み返す。

 あの時、俺たちは必死だった。母イノシシがやって来るんじゃないかとビクビクしてた。そしてウリ坊に一縷の望みを託したんだ。ある意味、限界状態だったと言えるだろう。そんな状況下で穂花が嘘を書くとは思えない。

 ありがとう穂花。幸せと言ってくれて俺もすごく嬉しいよ。


 ていうか、これから一時間おきにこのメールが届くのかよ。

 恥ずかしくって悶え死にそう。

 頼むからウリ坊ちゃん、早く圏外へ逃げてくれ〜


 温泉でゆっくりと温まり夕食をとった俺たちは、キャンプ地に戻ってテントで眠る。

 俺は健介さんと同じテントだったけど、疲れていたから眠りはあっという間に訪れた。

 三人で二泊して、予定を一日切り上げて五月一日に帰宅した。角尾家の三人は、予定通り五月二日からプライベートキャンプに出かけたみたいだけど。

 穂花のスマホは結局あきらめることになった。探しに行くこともできたがイノシシの巣にある可能性が高く、わざわざ危険を犯すこともない。幸いデータはほぼ無事だったという。クラウドと同期していたのが功を奏したようだ。

 ウリ坊が運んだ穂花のスマホ。この三日間、あの丘から六十通の想いを届けてくれた。

 それは俺の一生の宝物だ。


 ゴールデンウィークが終わると、俺たちは月に二、三回の頻度でデートを重ねる。

 そこで穂花から聞く健介さんの行動に驚いた。なんでも毎週のようにキャンプ地に通い、洞窟を補強して梯子を設置し、湧き出る温泉を溜める湯船を作っているという。ゆくゆくは洞窟にレールを敷いてトロッコを走らせるとか。いやいやもうそこは、あなたの土地じゃないでしょ!?


 そして夏が来た。

『七月にファミリーキャンプをするんだけど、その前って空いてる?』

 穂花からラインがやって来る。

 付き合い始めて、俺に対する遠慮がさらに無くなった。あからさまに下準備を手伝えと言っている。

 ならば受けて立とう。この間取得した刈払機取扱作業者の資格を活かすのは今こそ!

『それっていつだよ?』

 あの日洞窟の中で抱きしめた穂花の嬉しそうな顔を思い浮かべながら、俺は訊くのであった。




 おわり

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幼馴染とキャンプに行ったら今こそ〇〇だった件 つとむュー @tsutomyu

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