裏切られ幽閉された先で壊れた僕は世界を滅ぼします。

コアラvsラッコ

第1話


 僕、アルフォンソ・ロッソ・フルミエールは代々続く人神の一族でその身に神を宿して封印することで世界を護る宿命を背負っていた。


 そして現在の継承者である僕はその身に宿した封印を守る事と次世代の継承者に封印を引き継ぐのが大切なお役目だと言われ育てられた。

 次世代と言うのは僕の子供の事で年齢的にはまだ早いけどいづれは子を成して神の封印を引き継ぐ必要があるらしい、そのために僕には定められた伴侶となるべき婚約者がいた。


 ある意味神の子を宿すことになる女性は早いうちから選抜され、魔力の高いこと、人神の母、聖母として人心を集める必要性から容姿端麗な者が選ばれる傾向にあった。


 実際に僕の母はその美貌も相まって民から絶大な人気を誇っていた。


 父は僕が生まれた時に仕来りに従い自ら入滅し、先代の人神として神殿に祀られている。

 僕も次代が生まれればそこに祀られることになるのだろうと特に疑問もなく考えていた。


 そんな将来の伴侶となる婚約者の少女と初めて顔を合わせたのは、僕が6つの時だった。

 母に伴われ神殿から僕達一族を守護してきた王家の居城へと出向いた時に引き合わされた。

 ただ、その時の教育係によれば立場的には僕の方が上で王が神殿に出向いてくるのが正式らしい。

 平和が長く続いたことで逆に人神に対する信仰が薄らいで来ていると嘆いていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その日お城に来ていた僕と母様は豪華な部屋に案内される。

 しばらくすると王様が少女を伴い部屋にやって来た。


「この度は御足労頂き申し訳ありませんミレア様。それにしても、あいも変わらずお美しいですな」


「ハルベルト王。王家と我々は一心同体、無用な気遣いは不要ですよ」


 二人は挨拶もそこそこに楽しそうに笑っていた。


 王様の影に隠れるように見ていた少女が僕を伺うように声を掛けてきた。


「あの、伯父様。この方がもしかして人神様でいらっしゃいますか?」


「おお、そうだった肝心な事を忘れておった。この子が人神様の婚約者に選ばれたエルザエル・フォン・フォロン。わしの姪でフォロン公爵家の令嬢だ。エルザ改めてご挨拶を」


「はい、ご紹介な預かりましたフォロン公爵家の次女、エルザエルです。人神様におかれましては気楽にエルと読んでいただければ嬉しゅうございます」


 ところどころ詰りながらも最後まで言い終えると笑顔で僕を見た。

 可愛らしい笑顔に僕は恥ずかしくなり下を向いてしまう。

 ひと目見た程度だけど、それだけで分かるの金色に光り輝く長い髪と白い肌、切れ長な目が印象的な綺麗な少女だった。


「まあ、そのような高貴な方を伴侶に選んで頂けるとは神殿側も歓びましょう」


「当然のことです。次世代の聖母となる者ですから卑しい血などもっての他でしょう」


 また、二人は楽しそうに笑う。


「折角なので子供たち同士で遊ばせるのも良いのではないでしょうか」


 母様がエルと言う女の子と遊べる時間を作ってくれる。

 女の子も嬉しそうに頷き王様も承諾する。

 母様と王様は部屋から出ていき僕とエルという子だけになった。


「ふーん、人神様って言うからもっと凄いのかと思ったけど以外と普通なのね」


 二人きりになると口調が変わり畏まった感じがなくなった。


「まあ、良いわ。私がお嫁さんになってあげるんだから有り難く思うことね」


 別に僕が頼んだことではないけど特に嫌なわけでもないので頷いた。

 その日は母様が戻るまで二人で遊んだ、気づけば夕暮れ時だった。

 神殿では同世代の子と遊ぶ機会がなかったので新鮮で楽しかった。

 その日はまた合う約束をして神殿に帰った。


 エルとは初めて会った日からお城に行く機会が増え、何度も一緒に遊んだ。

 エルは母様に憧れているらしく人神を生み育てる聖母になれることを素直に喜んでいた。

 僕も特に深く考えることなく将来エルが次世代の母となることを疑問に思わなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 運命の歯車が狂いだしたのはその次の年からだった。


 聖母であるはずの母様が懐妊し弟が生まれた。

 神殿は有り得ないはずの出来事に大きく揺れ、それに王家が介入した。

 王家は母様が人ではない本物の神の子を生んだと認め、弟の方を真の神の子、現神ウツシガミとして擁立すると過去の人神と僕を偽物と断罪した。

 勿論、神殿側も異を唱えたが王家が武力を持って事に当たり、異議を唱える者は神に逆らう背信者としてことごとく処刑された。

 残念ながら僕の教育係だった先生もその中に入っていた。


 王家はそのまま神殿を取り込むと母様を国母として迎い入れ、聖王妃の位と共に王の正妃とした。

 もともと民からは慕われていた母様は反対されることなく、むしろ歓迎されてその座に着いた。


 不幸中の幸いか僕は殺されることなく、神殿から追放されると同時に幽閉された。

 さすがに母様も自分の子には情けを掛けたのかもしれない。

 幽閉先は勿論快適とは言えないが身の回りの世話をしてくれる少女がいた為、それ程苦ではなかった。その子は母様が正妃になった際、不義の濡衣を着せられ処刑され前王妃の一人娘で同じような立場の僕共々幽閉された身だった。


 彼女は元々敬虔な信者で変わらず僕を人神として扱い熱心に世話をしてくれた。

 本来なら自分と母親を陥れた憎むべき女の息子なのにだ。





 そうして15年の歳月が流れた。

 それでも彼女、元王女であるソフィア・ローランド・アレグリアの態度は変わることがなかった。


「どうして、そこまで尽くせる。僕はあの女の息子だぞ憎くはないのか?」


「正直に言えば最初はお恨みしました。でも直ぐに私と同じだと気付きました……私と同じ親族から裏切られた人。人神と言う世界を護る使命を持ちながらその護るべき人間に裏切られた哀れな人だと」


「なるほど、同情心からか」


「確かに最初は確かにそんな気持ちがあったのかもしれませんが今となっては些細なことです」


「では、今は違うと?」


「さあどうでしょう。これだけ長く時を共にすれば情も湧きます。ましてや他に話し相手すらいなければ尚更ですよ」


「それは同情心とは違うのか?」


「ふふ、人神様。人間は愚かで、それでいて複雑なんですよ」


 残念ながら僕はソフィアの言いたい事を理解することは出来なかった。ただもし継承者を残すのであればエルよりソフィアの方が相応しいと思った。


 更に1年の月日が経った頃、幽閉先の古城に突然の訪問者が現れた。



「ご機嫌如何かしら、偽神様とソフィア姉様って、貴方は不義の子で王家の血は引いてないんでしたわね」


 そう言って僕達を嘲笑ったのはあの時輝く金色の髪と白い肌の少女が成長した姿だった。


「エルか久しいな」


「あら、偽物が気安くエルなんて呼ばないでくださいまし。私は現聖母、エルザエル・フォン・フルミエール。次期現神の母なのですよ、身の程を弁えなさい」


「そうか、それで今更何のようだ偽物などに用はないだろう」


「ええ、あなたなどに用はありません。私がわざわざ赴いたのは、そこの卑しい血筋の女ソフィアに処刑を言い渡す為です」


「そうですか、本当にわざわざご苦労な事です私などの為に」


「本当に、今でも澄まして忌々しい女。あの時だって私に聖母を譲って優越感に浸っていたのでしょう」


 知らなかったが僕の婚約者候補の筆頭はソフィアの方だったようだ。

 それを譲られたことにエルは劣等感を抱いたようだ。


「でも、お生憎様ね。私は偽物を掴まされる事なく本物を手にすることが出来たわ。私は真の聖母になることができたのよ」


「……そうですか。貴方がそれで満足なら私は何も言うことはありません」


「ふん、強がって。あなたなんかにはその偽物がお似合いよ。どうかしら伴侶になるのを断った相手。母親を殺した憎い人の息子と一緒に居るのはさぞ苦痛だったでしょう。それに、こんな場所だもの盛った偽物にさんざん犯され汚されたのかしら穢らわしい、まあ仮に孕んでたとしても本物は私の息子の方ですけどね」


 一方的に悪意を突きつけ責め立てる元婚約者。


 これ程年月が経ったのにも関わらず憎しみ続ける要因は一体どれほどの事だったのだろう。


「…………そう、貴方もある意味被害者なのかもしれませんね。ごめんなさい意図せずあなたの大切な人を奪ってしまって」


 その言葉を聞いた瞬間、元婚約者が叫んだ。


「私を憐れむんじゃない! 憐れなのはお前の方だ惨めに幽閉されて忘れた頃に処刑される惨めな女だ、そうでなきゃ私がなんのために…………」


 最後は言葉に成らず、ただひたすらソフィアを罵倒するだけだった。

 そして黙ってソフィアはその言葉を受け止めていた。


「ふん、処刑方法だけどあなたに相応しい方法を用意したわよ。オーク共の贄にしてあげるわ」


「……そうですか」


 気丈に答えたソフィアだったが、僅かに震えているのが分かった。

 女にとってオークの贄にされ孕み袋にされるのは死ぬより辛い事だろう。

 ましてや幽閉されても誇りを失わなかったソフィアにとっては尚更。


「ふふ、明日、あなたの泣き叫んで赦しを乞う姿が楽しみだわ。それまで恐怖に怯えてるといいわ」


 そう言って元婚約者は僕達の前から立ち去った。



 エルが立ち去った後、僕とソフィアの間に沈黙が横たわる。

 僕には彼女を慰める言葉が思い浮かばない。

 今迄僕に尽くしてくれたというのに情けない事だ。

 所詮、人神は壊す事しか出来ない存在なのだろう。


「……最後にお願いがあります」


「……聞こう」


「私に……最後に、情けを下さい。せめてひとりの女としてこの隔絶された世界で、それが錯覚された愛情だとしても今この瞬間だけ私にアル様のお情を下さいませ」


 初めてソフィアに名前で呼ばれた。

 人神としてでは無くアルフォンソとして求められた事に僕は思っていた以上に心を動かされると、ソフィアと過ごした15年の月日が思い返された。


 僕はその日の夜、ソフィアの望み通り彼女を抱いた。人神としてではなくアルフォンソとして。

 ソフィアの言った通りそれは錯覚された愛情かもしれないが唯の男と女としてお互いの思いをぶつけ合った。




「これで思い残すことはありません」


 見窄らしくいベッドの上で抱き合いながら、ソフィアは嬉しそうに笑った。

 始めてみた彼女の心からの笑顔、それを僕は曇らせたくないと思った。


「ソフィア。僕は君が醜い豚共の贄になるくらいならいっそ壊そうと思う」


「アル様……申し訳ありません、私が迷いを与えてしまったのですね」


「そうじゃない。ソフィアがいない世界を考えたら護る価値を見いだせないだけだ」


「そこまで私の事を……一人の女としてこれ程嬉しいことはありません。しかし元王女としてアル様には人神に戻られる事を望みます」


 彼女は気丈に答えた。

 元王女のプライドを捨てることなく僕に世界を護って欲しいと願った。

 でも、もう遅い僕も所詮は人だ神をその身に封印し神の力の一旦を使う事のできるだけで、本質はただの人間だ。

 封印された破壊の神が蘇らないようにしてきた一族の最後の一人。



「ごめんねソフィア。もう無理なんだ錯覚だとしても君を愛してしまった。これを消すには僕自身を壊すしか無い」


 そこで唐突に理解した。歴代の人神が何故継承者の誕生と共に入滅したのかを……。

 仮に封印を継承したとして自身に神の恩恵たる破壊の力が残っていたら……愛する者が出来た人間が公平に力を振るうことができるだろうか……答えは恐らく無理だ。

 どうしたって愛する者を優先してしまう、だって今の僕がそうだから。


 なんと破錠した仕組みなのだろうか、いや破綻させない為に教育係が居たのだろう、余計な情報を与えず役割に忠実に従うように誘導する存在が。

 そして僕には早々に教育係がいなくなり、ソフィアと15年連れ添う形となった。


「私は罪深い女です。神を人に貶めてしまった。そしてそれを本音では嬉しいと感じている」


「僕は、もう戻れない一緒に罪を背負って壊れてくれ君をオークなどに穢されたくない」


「…………はい喜んで、世界を滅ぼす大罪を共に背負いましょう。愛しておりますアル様」






 その日、蘇った破壊の神により王国は滅んだ。


 周辺諸国が協力して事に当たり何とか破壊の神を再度封印することに成功する。

 その封印に使われた母胎は王国で唯一生き残った金色に輝く髪の美しい女性だった。



 


 


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