第2話 そして、ことが始まる

美衣子はあの気味の悪い真子の声が耳から離れず、ベッドの中で何度も寝返りを打っていた。


(「絶対に許さない」って里穂のこと、だよね?)


ひどい言葉をかけたのは里穂であり、その場の空気の負けてかばうことをしなかった美衣子や先輩たちも含めるなんておかしいじゃないか、という気持ちが沸々と湧いてくる。


「そう、おかしいよ!」


声に出してみたものの、真子に対する不気味さと憎悪の言葉に対する怒りが混ぜこぜになりやはり落ち着かない。


(謝った方がいいのかな……)

自分にはない弱気な考えにさえも怒りがこみ上げて、大きなため息が出る。


真子の最後の言葉も忘れられないが、真子の姿自身も忘れられなかった。

長い髪が垂れて顔を隠し表情は見えなかったが、声の雰囲気から察するに相当な怒りを買ったのは間違いない。

(怒ってる……か。あんな風に言われたらそりゃだれだってあんな風に言われたら、怒るよなあ)


どうにも頭から離れないあの「絶対に許さない」という真子の恐ろしい言葉とその口調。

隣のクラスとはいえ面識もほぼなく、美衣子としては正直初めて会ったに等しかった。

暗い雰囲気をまとい、友達も少なそうな印象を受ける真子と里穂の共通点はないというのに、里穂はどうやって真子が「こっくりさんが得意」なんて情報を得たのだろうか?

美衣子にはそれが疑問だった。


里穂は美人なため、美衣子以外にも友達も多く、そのツテということだろうか。

(そもそもどうしてあんな風な子を引き入れたんだろう……)

こっくりさんを「遊び半分」でやるのであって、誰も本気で霊を呼び出そうなんて考えていなかったはずだ。


(でも、先輩たちも里穂も本気だったのかな)


「人がやる占いよりも信じれる」と言ったのは、案外本当にその思いが強く、里穂の場合は本気でサッカー部の男子との色恋的なことを訊きたかったのかもしれない。

美衣子は一人悶々と考えながらも、いつの間にか眠っていた。



翌日の朝、珍しく目覚まし時計よりも早く目が覚めた美衣子は枕元のスマホに通知がきていることに気づいた。


『おはよう!あのね、昨日のこっくりさんのこと、学年のSNSで広めちゃった!真子が勝手な質問してみんなを怖がらせたじゃない?罰を受けてもらおうと思って!』


文面から察するに、里穂がかなり楽し気な様子でSNSに書き込む様子が美衣子には手に取るように分かった。


『そんなことして大丈夫かな?真子の昨日の最後に言ってた言葉、覚えてる?』

『あー、あれでしょ?「絶対に許さない」っていうのでしょ?あれがなんだって言うのって感じ』

『向こうは割と本気そうだったけど』

『本気って何に対して本気なわけ?あいつに何ができるっていうの?もしかして美衣子、真子が怖いの?』

『そういう問題じゃなくて、さ』

話しても埒が明かないと思い始めたとき、階下から母親に朝ごはんに呼ばれた。


『また学校で』というメッセージだけを送り、「今行くー!」と返事をした。

「おはよう」


「おはよう。ねえ、これ、あなたの中学校よね?」


母親が毎朝見ているニュースがテレビ画面に映っていた。

そこには見慣れた校舎と校門、その前でレポーターが何やら状況を説明している。


「え?何があったの?」


確かにそこは、美衣子が通っている中学校だった。

レポーターの奥に見える花壇の周りに、黄色いテープが張り巡らされているのが遠目でも分かった。


「3年生の女の子がね、屋上から飛び降りらしいのよ。あなた部活に入ってないから先輩とは面識そんなにないから、知らないと思うけど……」

「待って!誰!?誰が飛び降りたの!?」

「えーっと、確か……」

美衣子はその名前を聞いて驚愕した。

と、同時に始まったんだとも思った。


「ウソでしょ……」


「里穂!」

いつも通り通学路の途中で合流した2人は、互いの知っている情報を話し合った。

しかし、美衣子の知っていることと言えば母親がつけた朝のニュースぐらいである。

「美衣子、学年とかクラスのグループSNS見てないの?」

里穂が呆れたようにスマホの画面を見せつけてきた。


「あ、しまった!サイレントにしたままだった!」


急いで通学鞄から取り出し、通知の絶えないSNSの画面を指でくっていく。

情報は少し錯綜していた。

しかし、確かなことはやはり自殺であること、屋上から飛び降りたこと、そして自殺した生徒の名前も固定されているため、こっくりさんに参加した先輩であることはほぼ間違いなかった。

それ以外のこと、例えばいつ学校に来ていつ飛び降りたのかや、屋上にどうやって入ったかのか、鍵が壊れていたなどの情報は完全に生徒同士の憶測の域を出ていなかった。


「屋上って入れるわけ?」

「めったにあそこは生徒も近寄らないし、1年生は存在すら知らないかもね」

「近寄らないっていうか、あんな陰気臭いところ誰が行きたいと思う?」

「まあ、確かに壁も天井もカビが生えてるしね。雰囲気はよくないか」

「雰囲気どころ空気もよくないっつーの。あんなところにいたら体が腐るわ」

などと言いながら、学校へ行く道すがら2人はパトカーとすれ違った。

「……うちの学校の方から来たってことは、やっぱり自殺のことを捜査してるのかな……?」


「自殺なのに捜査する?だって、先輩、自分で勝手に死んだんでしょ?」


「ちょっと里穂!」

あまりにも薄情な里穂の態度に、さすがに美衣子は声を上げた。


里穂の性格は美衣子が出会ったときから少し変わっていない。

楽しいことが大好きで、友達も多く、美人なために崇拝者もいるぐらいだが、今のように薄情でいじめとも取れる行動を平気で行う。

美衣子が最近知った言葉に「享楽的」というのがあったが、里穂は14歳でありながらときに子供じみた「享楽的」な行動を取ることが多かった。


里穂にとって「楽しいこと」がいちばんであり、おそらく学校も「楽しいことをする場所」としてしか思ってないのだろうな、と美衣子は思うことがあった。


「だってそうでしょ?」

先ほどの薄情な言葉を咎められたことなど意にも介さず、里穂はつづけた。

「別にあたしたちがやったこっくりさんが先輩の自殺の原因じゃないもの。先輩は勝手に死んだだけ。それだけのことよ」

「いや、そうかもしれないけれど……」

存外に自分も冷めた人間だと思っている美衣子は、それ以上の冷めた発言をする里穂に言い返す言葉ができなかった。


クラスのSNSに再び目を落とすと、

『今日、午前中だけの授業になるかも!』

と、入ってきていた。

「今日、授業が午前中だけになるかも、だって」

「え?ホント!?ラッキー!ねえ、美衣子遊ぼうよ!」

「バカ。外出禁止に決まってるでしょ。補導されたら面倒だよ」

「まっ、それもそうか」


あっさり引き下がった里穂に多少首を傾げた美衣子だったが、おかげで午後からは家でやりたいことができる。

美衣子は調べたいことがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅怪異譚 影踏みの呪い 西桜はるう @haruu-n-0905

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ