紅怪異譚 影踏みの呪い

西桜はるう

第1話 こっくりさんやろうよ?

「ねえ、こっくりさんやらない?」


そう言ってきたのは、クラスで最も仲が良い里穂だった。


「こっくりさんって、狐の霊を呼び出して質問するっていうあのこっくりさん?」

「そうそう!それ!」


里穂は元気よく頷いたが、美衣子はあまり乗り気になれなかった。

「中学生になってまでこっくりさんとか、子供じみたことで盛り上がるなんてアホらしい」というのが一番の思いだ。

加えて、美衣子が通っていた小学校でも高学年の女子の間で一時期こっくりさんが流行り、自己暗示にかかった生徒が次々に倒れたたために禁止になった、という出来事があったのだ。

美衣子自身はこっくりさんに参加はしていなかったものの、全校集会でさんざん関係のない生徒まで叱られたのでいい印象を持っていない。


「なんでまたこっくりさんなんて?」

目を輝かせてこっくりさんへの参加を促す里穂に、美衣子は訊いた。

「んー、なんかねぇ、部活内の先輩たちの間で流行ってて。すっごく当たるし、霊を呼び出して質問するんだから人間の占い師よりよっぽど信頼できると思わない?」


「じゃあ、里穂は幽霊とか信じてるんだ」


夕暮れ時、ふたりの影が道に伸びるのを眺めながら美衣子は言った。

意地悪く質問したのには、わけがあった。

美衣子自身が幽霊や霊の類いを信じてないのと、オカルトじみたことで盛り上がる年齢はとっくに終わったと思っているからだ。

現実問題、もうすぐ内申点に関わる期末テストだ。そんなものに現を抜かしている場合ではないだろう、と。


「美衣子は信じてないの?」

「私は……、まあ、視える人には視えるんじゃない?私は感じることすらできないけれどね」

言葉を濁すように言ったが、信じてないだけでオカルト的な話しが特別嫌いというわけではなかった。

しかし、そんなものは自分ひとりで楽しんでおけばいい。


「まあ、美衣子が幽霊を信じてなくても別にいいけど。で、参加するよね?」

「暇だったらいいよ。いつやるの?」

「明日の放課後。部室棟のいちばん奥にどこの部活も使ってない部屋があるから、そこで」

「メンバーは?」

「あたし、美衣子、先輩の二人と、隣のクラスの富田真子って子、知ってる?」

「あー、あのちょっと暗めの子だっけ?」

「そうそう。あの子がこっくりさん呼び出すの上手いんだって」

「は?こっくりさんするのに、上手いとは下手とかあるの?」

「さあ?そういう噂を聞いて真子を引き込んだんだもん」

「ふーん。ま、明日なら特に予定もないし、参加してもいいよ」

「じゃ、決まりね!」


里穂はそれだけを言うと、「バイバーイ!」と反対側の道へと駆けて行った。


(めんどくさ……)

心の中で毒づくも、学生という意識の高い共同体で動いている以上は従うべきルールがあることを美衣子は重々承知なのだ。

(学生ってこういうところが嫌いなんだよね……)

一匹狼を気取るつもりなど毛頭なかったが、中学生という少しずつ大人の世界を知っていくであろう年齢の心の内は複雑だ。


なんでそんなことに付き合わなされなきゃいけないの、という言葉を里穂に対して飲み込んだのは言うまでもなく。

(ま、暇つぶしと思えばいいか)

と美衣子は自らの帰路についた。



翌日。

美衣子、里穂、真子、里穂の女子バスケットボール部の先輩ふたりで、どこの部活も使ってないという部室に集まった。

部屋は薄暗く、カーテンが閉め切ってあり、ほこり臭かった。


(ハウスダスト……)

と思いながらも、奥へと歩みを進める美衣子。


半分物置状態なようで、用途の分からない道具などがそこら中に無造作にしまってあるように見受けた。


「うわっ、なにこれ!」

先輩のひとりが素っ頓狂な声を上げて、後ろに飛びのいた。

「どうしたんですか?」

「見てよ、これ。体育祭にでも使ったんかな?」


先輩が引っ張り出して来たのは、巨大なはりぼての頭だった。


何かのキャラクターを模してあるのか、しかし、大きな黒い目と禿げ上がった頭がとてもアニメや可愛らしいキャラクターをモデルにしてようにはどうしても思えないしろものに美衣子は苦笑した。


「気味悪い顔をしてますね。これが造られた当時の校長先生とかがモデルかもしれないですよ」

「だとしたら相当の悪意を込められて作ってるわ。全然かわいくもないし、お化けみたいじゃん」

里穂はかなり気味悪そうに、人さし指ではりぼてを突く。紙がかなり脆くなっており、少しの刺激でほこりと一緒に数枚の紙が破れ落ちた。

「やめなよ、里穂。何かの記念に取ってあるやつかもよ」

「だね。バレたら生徒指導の相沢に絞られそう」

「あいつねちっこいから、気を付けないと」


「ふたりとも、始めよー」

先輩が美衣子と里穂に声をかけ、その場のありあわせの椅子や机を準備しだした。

ここで美衣子は、さっきから「こっくりさんが得意」という理由で連れて来られた真子が一言も言葉を発してないことに気づいた。


「富田さん、緊張してるの?」


からかうように里穂が真子の肩を叩くと、真子は大仰にびくりと反応した。

まるで、この部屋に何かが潜んでいるかのように辺りを見渡し、「あ、ううん……」とだけ言ったあとはまた口を噤んでしまった。


(雰囲気づくりか……。用意周到なことで)


ちらりと真子を見やり、美衣子は「そういうの幻滅」というため息をついた。


「机は、まあ、これでいっか」

先輩は足がちんばの机を部屋の真ん中へと持って来た。

「ちょっと傾いてるけど、こっくりさんをやる分には問題ないでしょ」

「そうですね。椅子は…、パイプ椅子がありますよ。こっちもちょっと壊れてますけど」

「座れれば問題ないよね」


「美衣子~、ここにも面白いものがあるよ!」


先輩とふたりで準備を始めた美衣子に、里穂が呼びかけた。

「なに?」

手を止めさせられたことに多少イラつきつつも振り向く。すると、里穂はまた大きなはりぼての頭を持っていた。

「またそれ?」

「顔が全然ちがうの!こっちは女の人!」

そう言って里穂はえっちらおっちらとはりぼての頭を美衣子のそばへと持ってきた。


「うわ、こっちの方が不気味」


そのはりぼては確かに女性の顔を模していたが、描かれた顔はまるで「四谷怪談」のお岩のようだった。

片目が潰れ、髪の毛を振り乱し、口が裂けている。

「……こんなの何に使ったんだろう」

自分でも物怖じしない性格だと思っている美衣子だったが、さすがに全身に怖気がたった。


歴代の体育祭の写真にはりぼてのような物が写っていた気もするが、こんものがあっただろうか?

ここまでインパクトが強ければ、印象に残っているはずなのだが。


「こっくりさんをやる雰囲気にぴったりじゃない?せっかくだから見えるところに飾っておくね~」

見つけた里穂自身は気にも留めていないらしく、真ん中に置かれた机と椅子の見える場所に「お岩はりぼて」を置いた。


はりぼての気味の悪い視線を浴びながらこっくりさんなんて勘弁してほしいと思ったが、里穂は鼻歌まじりに「用意できたなら早くやろうよ!」と楽しげだ。

「よし!美衣子やるよ!」


電気を消し、真子を真ん中に懐中電灯の明かりだけにした。

文字盤と十円玉は里穂がきちんと用意してあり、それらを机に置いたところで緊張感が一気に高まる。


「富田さん、始めて」


里穂の号令で全員が十円玉に人さし指を置き、「それ」は始まった。


「では、始めます」


真子が静かに「こっくりさん、こっくりさん」と狐の霊に語りかける。

「こっくりさん、こっくりさん、今いらっしゃいますか?」

まずは狐の霊に登場してもらうために、存在を尋ねていく。

「あ!」

里穂が声を上げた。

十円玉がするすると「はい」という文字の上に動いていく。


「質問をしていきます」


こっくりさんがこの部屋にいるということを確かめられたので、真子が質問を始めた。

してほしい質問は事前に里穂が紙にまとめて真子に渡してあるとのことだった。

「こっくりさん、こっくりさん、佐伯里穂は好きな人と付き合うことできますか?」

(結局それか)

里穂が隣のクラスのサッカー部の男子に熱を上げているというのを美衣子は散々聞かされていたので、その質問をすることは予想できた。

結果、こっくりさんは「はい」という答えを出し、里穂を有頂天にさせた。


「次の質問をします」


真子は粛々と質問を続けていった。

どの答えもおそらく質問をした本人たちが満足するようにこっくりさんは答え、真子が「次で最後の質問です」と言った。


「こっくりさん、こっくりさん、今ここにいる人たちを呪うつもりはありますか?」


「ちょっと!?」

「はあ!?」

「なに言ってるの!」

真子の最後の質問に、誰もが目をむいた。


しかし真子は顔色ひとつ変えずに、こっくりさんからの答えを待っている。


「…………」


長い沈黙が部屋の中を支配した。

ほこりが舞う音さえも聞こえそうな静寂の中、5分ほどで十円玉が動き出した。


「は」「い」と。


「ありがとうございました。こっくりさん、こっくりさん、お帰りください」

帰ることを促された十円玉は、ややゆっくりと赤い鳥居のマークへと戻って行った。

そこから3分ほど誰も言葉を発さずに、十円玉から指を離さなかった。

それはあくまでそういう「ルール」というだけで、だれもがすぐにでもその場から逃げ出したいという表情を浮かべていた。美衣子以外は。


「もう、いいかな?」

「……いいと思います」

おずおずと一様に指を十円玉から離す。


「ねえ、富田さん。最後の質問、あれ何?」


里穂が不気味な雰囲気に吞まれまいと、きっ、と真子を睨んで言った。

「な、何って、私は書いてあった質問をしただけで……」

「誰もあんな質問は書かないんだけど。ということは、富田さんがあの質問をしたんだよね?」

「ち、ちがう!私じゃない!私はただ紙に書かれた通りの質問をしただけ!」

取り乱したように否定する真子に、3人は白い目をむけた。


しかし、美衣子だけは静かに「でも、『はい』って答えられたってことは、誰かが呪われるってことだよね」と言った。

「まあ、しょせん都市伝説だから。ねっ!」

「そうそう!占いと一緒だよ!」

先輩たちが努めて明るく言ったが、空気は重苦しいままだ。


「あーあー、富田さんが得意っていうから連れて来たのに、こんなやな思いさせられるなんて。連れて来るんじゃなかった。美衣子、帰ろ。先輩たちも帰りましょうよ!」


里穂は不愉快だという態度を隠しもせず真子にぶつけ、さっさと帰り支度を始めた。

先輩ふたりは顔を見合わせ気まずそうに、しかし、里穂が呼びかけた通り帰り支度を始めた。

うつむいたままの真子に気遣うこともせず、美衣子自身もどうしていいのか分からないままやはり鞄をつかんだ。


「呪いたきゃ呪ってみればいいのよ。有言実行してみれば?じゃあね~」


ひらひらと手を振ってまずは里穂から部室を出て行き、先輩ふたり、美衣子と続いた。


「許さないから」


部室を出て行く寸前、美衣子の耳に届いた、体の底から震え上がるような憎悪の声。


「絶対に許さないから」


はっきりとそう聞こえた。

この世の負をすべて背負い込んでいるような、地から湧き上がる声で。


振り返った美衣子の目に映ったのは、長い髪で顔が完全に隠れ、静かに佇む真子の姿だった。

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