コンビニの迷い子②

 『グループマート 怪奇町三丁目店』

 

 駅前の繁華街から少し離れた住宅街にあるコンビニだ。入口に貼られた求人ポスターには、二十二時から明け方五時までのアルバイトの時給が、一三五◯円と記載されている。この辺りでは破格の高さだ。


 それに人通りの少なくなる深夜帯は、働きながら小説のネタを考えるスキも多いだろう。高見沢にとって、かなり魅力的な求人だった。


 翌日、すぐに連絡し、面接。その場で採用が決まった。


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 十年ほど前だが、大学生の頃にコンビニでアルバイトをしていたことが少しだけある。当時とはレジのシステムやタバコの種類などが変わっていたが、基本的な仕事内容は共通している。初日から、高見沢は慣れた手つきで作業をこなしていった。


「わからないことがあったら聞いてください……アドバイスするんで。」


 気だるそうに言うのは、一緒のシフトになった渡辺 明里わたなべ あかりという女性アルバイト。大学四年生で、就活をしながらバイトをしている、ということまでは店長から聞いていた。真面目な優等生といった感じの子で、地味な印象。コミュニケーションは得意ではなさそうだが、作業を事細かに説明してくれた。


 年下の子にあれこれ指導されるのは少し癪だと感じた高見沢だが、自分の方が新人であるのは事実。反抗することなく、大人しく従った。


 時刻は深夜三時を回った。日付が変わる前後の時間帯は、ちらほらとお客さんがやってきたが、二時を過ぎた頃には入口の自動ドアから入ってくる者は誰もいなくなっていた。


 品出しや商品棚の整理にちょうどいい時間だ。高見沢は明里の指示を受けつつ、手分けして商品を並べた。


 入口近くにある雑誌コーナーを、しゃがみながら整理していた時だった。


『こっちに来て……こっちに来て……』


 高見沢の耳に声が入る。繰り返し、自分のことを呼ぶ声。最初は明里が呼んでいるのかと思ったが、声質が違う。幼い男の子の声だ。


 高見沢が辺りを見渡す。左後ろ、文房具類が並ぶ商品棚の横から顔だけを出すように男の子がこちらを見ていた。少し長めの黒髪で、前髪に隠れて顔はよく見えない。年齢は、頭の高さからして四〜五歳といったところだろうか。


 深夜三時のコンビニに子供が一人でいるなんて、普通ではない。それに、入口から来たのであれば、自動ドアの開閉音が鳴るはず。それも聞こえなかった。


 高見沢はほぼ確信した。この子はこの世ならざるものに違いないと。


『こっちに来て……こっち……』


 男の子は高見沢の顔を見つめながら、自分の方へ来るよう呼びかける。高見沢からすると、この少年の存在はかなりラッキーだった。ちょうどホラー小説を書こうと思っていたのだ。もしこれが心霊体験なのだとしたら、そのままネタになるではないか。


 高見沢は立ち上がり、男の子の方へと一歩踏み出した。


「ダメですよ高見沢さん!行っちゃダメです!」


 背後から大声が聞こえた。振り向くと、商品棚に並べるはずのパンを三つほど手に持った明里が立っていた。


「その子に近づいちゃダメです……何があっても絶対に……」


 明里の剣幕に、高見沢は気圧された。再び少年の方を見ると、姿をくらましていた。その後、店内をくまなく探したが、少年はどこにもいなかった。


 はるか年下の女子の圧に負けたなんて、少し恥ずかしい話である。しかし、そんな気迫を見せた明里の態度が何よりの証明だった。このコンビニには、異質な何かが住み着いている。


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 明け方五時


 日が出るのと同時に、次のシフトのスタッフと交代になった。コンビニを出る高見沢。後ろから明里が子猫のように近づいてきた。


「あの、違ってたらすみません!もしかして高見沢さんって、あの小説家の高見沢 昇ですか?」


「まぁ……そうだけど……」


「やっぱりー!名前が一緒だったから、そうじゃないかなって!仕事中に聞くのは悪いと思ったんで、終わったら話しかけようと思ってたんです!私、高校生の頃に『天使のナット 悪魔のボルト』読んだんです!それ以来、めっちゃ高見沢先生のファンでー!なんかの雑誌のインタビューで、怪奇町出身って答えてたから、いつか会えるんじゃないかって思ってたんですよー!」


 仕事中は「地味でクソ真面目でテンションが極めて低い」という印象だった明里だが、仕事が終わると、明るく元気な大学生に早変わり。朝方だというのに、元気はつらつだ。明里のテンションについていけず、高見沢は少し鬱陶しく感じた。


「そうなんだ、ありがとう。私の生活費の一部になってくれて。君が買ってくれた本で、そうだな……私はジュースが一本だけ買える。一本だけ。いや税金を引いたら……何も買えないか。とにかく、君にとって私は偉大でも、私にとって君はちっぽけな存在なんだよね。」


 皮肉めいたことを言い、明里を突き放そうとする高見沢。


「そんな悲しいこと言わないでくださいよー!先生の次回作、いつ出るんですか!?私、また生活費になっちゃいますー!」


 明里に悪気はないのだろうが、売れていない高見沢にとってこの上ないほどの皮肉が返ってきた。


 家の方向が同じという明里。高見沢は質問攻めに会いながら、並んで道を歩く。初バイトで疲れた高見沢の体は、明里のマシンガントークで蜂の巣になりかけていた。かなりしんどかったが、これは同時にチャンスだとも思えた。


「話は変わるんだけど、明里さん、あの男の子のこと何か知ってる?三時くらいに現れた、あの子。」


 笑顔だった明里の顔にうっすらと陰が刺した。

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