コンビニの迷子

コンビニの迷い子①

「ダメですね。キャラに魅力がないし、ストーリーもありきたり。こんなの発表したら、高見沢先生のファンは怒り心頭ですよ。」


 担当編集・池田いけだに新作を見せたが、真っ向から否定されてしまった。高見沢 昇たかみさわ のぼるは、売れない小説家。正確には、今は売れていない小説家と言うべきだ。


 五年前、二十六歳の時に小説の賞に応募した作品が佳作を受賞。翌年、「天使のナット 悪魔のボルト」というタイトルで書籍化された。


 『ある日突然、陰部がナットになってしまった女看護師と、陰部がボルトになってしまった極道男。赤の他人で住む世界も違う二人が巡り会うまでの、ちょっぴり大人なラブストーリー』……これが二十五万部の大ヒット。深夜帯でアニメ化までされた。


 高見沢の名は世間に知れ渡ったが、それ以来ヒット作に恵まれず、現在に至る。当時稼いだお金は底をつきかけており、東京から地元である怪奇町の実家に戻って生活中。担当編集との打ち合わせの際は、片道二時間以上かけて東京まで出なければならなかった。


 池田との打ち合わせは、決まってファミリーレストラン。昼ご飯を食べながらあれやこれやとアイデアを出し合う。池田はいつもランチに千円以上かけているが、高見沢はアイスコーヒーだけ。作家あっての編集者、作家の方が多くお金をもらうべきだと考えている高見沢だが、ランチにかけられる金額が社会的な格差を物語っていた。


「池田さぁん、マジで言ってます?それ?本当に私の作品がダメだって?出せば十万部は固いと思うんだけどなぁ……」


 高見沢が自信ありげに、目の前に座る池田に投げかける。


「う〜ん……最近の先生の作品はレベルが低すぎますね。小学生が夏休みに書いた小説より下手な感じがします。まだ初稿なんで自由に書いてもらっていいんですが、作家を名乗るならもう少し完成度を上げてもらわないと、編集する私が困ります。」


 かなり辛辣な言い方をされてしまった。少々頭にきた高見沢だったが、池田の意見や考えを否定したいわけではない。むしろ積極的に取り入れたいと考えている。


 『天使のナット 悪魔のボルト』がヒットしたのは、池田の力も大きい。高見沢が執筆した作品なのだが、池田が大幅な修正を入れた。全体の五割近く書き換えただろう。結果、大ヒット。高見沢は池田の編集者としての才能も認めている。


 池田は、弱冠三十三歳にしていくつもの作品をヒットさせた凄腕の編集者。社内の期待も高く、魔治川文庫が誇る若手のエースなのだ。池田が手直しをすれば、駄作が傑作に変わる。しかしそれは、ベースとなる作品があってのこと。現実として、今の高見沢は池田の力を借りる段階にも達していないのだ。


「先生の作風として、恋愛ものが向いてるとは思うんですけど、あまり固執するのも発想を狭める原因になりそうですね。別のジャンルに挑戦してみるのも、ありかなと。」


 池田はソファに置いた黒い鞄からクリアファイルを取り出し、机の上に置いた。中には数枚の資料が入っている。


「編集部で企画中なんですけどね。ホラー小説家以外の方が書いたホラー短編集を作ろうかなと。まだ人選すら出来てなくて。これに載せませんか?高見沢先生のホラー小説。テーマは自由。フィクションでも、ノンフィクションでも、どちらでも構いません。」


「あのぉ、池田さん。わかってるとは思うけど、私はホラーなんて書いたことないよ。素人に依頼するのと変わらないんじゃないか?」


 池田はニヤつくと、ホットコーヒーを手に取り、口をつける。


「だからいいんじゃないですか。これまでにないホラー小説を生むには、未経験の作家さんに書いてもらうのがベストだとボクは考えています。それに、もし高見沢先生の作品が評判になれば、恋愛小説だけじゃなくホラー小説も書けるようになる。アイデアを活かす機会を増やせて、今の苦しい状況からも脱しやすくなりますよ。」


 池田の提案に、高見沢も納得した。しかしホラー小説は書いたこともなければ読んだこともほとんどない。嫌いなジャンルではないのだが、ホラーは映画などの映像作品に触れるだけで満足してきた。そんな高見沢にとって、ホラー小説を書くことは不安も大きかった。


「一話だけでOKです。文字数は五千から一万字を目安に。超過する分には問題ないです。ボクが添削しますので。」


 池田が編集してくれるなら、という条件で、高見沢はホラー小説に挑戦することになった。


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 締め切りまでかなり時間がある。しかし初挑戦のジャンルなら、完成にこれまでより時間がかかるのは明白。高見沢は帰りの電車内で早速アイデア出しをおこなったが、やはりすぐには思いつかない。


 電車を乗り継ぎ、怪奇駅に到着。家まで遠回りをして、散歩しながら引き続きアイデア出しをした。


 ホラー小説。これが高見沢にとってチャンスとなるかはわからない。それでも、望みがあるなら挑戦しないわけにはいかない。


 今は実家にいるため、住処も食事にも困っていない。しかし両親からは「遊ぶお金くらいは自分でなんとかしろ」と言われている。東京にいる時に散財しすぎた。三十歳を過ぎ、これといった職歴もない自分が企業に就職するのは難しい。やはり小説家として、もう一度作品を当てるしかない。


 ホラー小説のアイデアを考えていたはずが、お金や将来のことで頭がいっぱいになってきた高見沢。まずは直近で必要なお金の不安を解消しなければ、作品に集中できそうになかった。


 フラフラと町を歩く。普段はあまり歩かない道。幼少期から変わっていないと思っていた街並みだが、よく見てみると新しいお店が出来ている。


 そんな変化の一つに、高見沢の意識が集中した。数年前まで幼稚園か保育園だったところに、コンビニができていた。

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