拳銃で幽霊は殺せるのか④

(マズいッ!殺されるッ!)


 片山は屈んで、男が振り下ろしたボールペンを避けた。たかがボールペン。自分の方がよっぽど危険な武器を持っているはず。それでも「勝てない」と思わせられるほどの殺気がペン先に集中していた。


 片山は屈んだ勢いを利用して前転し、男の足元をすり抜けた。生きた人間の方から幽霊に接触はできない。片山がこれまでの幽霊退治で身につけた経験が活きた。


 すぐに立ち上がり、男の背に向けて弾丸を四発ぶち込む。やはり弾は男をすり抜け、窓にヒビを入れただけ。全く効果を発揮しない。


 片山はパニックになった。銃が効かなければ、この幽霊を倒す手段は残されていない。何事にも例外はある。可能性がゼロではないと思っていた。銃が効かない幽霊がいる可能性。。それが今、目の前にいる。


 コイツをこの世に縛り付けている「理由」を見つけ、それを満たしてやれば成仏できるのだろう。しかし、それは難しい。目の前の幽霊は「人を殺すこと」を理由に存在しているに違いない。血に飢え、永遠に満たされることはない。殺す相手は誰でもいい。今、目の前にいる相手。だから宿泊客を無差別に襲っていた。


 だとしたら、この幽霊を撃退する方法は……いや、そんなことを考えること自体、無意味なのかもしれない。


 男が振り返る。片山は初めての感覚に襲われた。死が迫ってくる。日本ではほとんど味わうことのないであろう、実戦の感覚。


 片山はきびすを返し、部屋の入口へと走った。ドアノブに飛び付き、扉を開けようとするがびくともしない。鍵はかかっていない。誰かが外でノブを力いっぱい押さえているかのように動かない。


 背後に気配を感じた片山は、頭を両手で押さえながら身を屈めた。男のボールペンが金属製の扉に突き刺さる。ペンの半分ほどがめり込んだ。


 片山は床を横になりながらゴロゴロと転がり、男の足元を通り、部屋の奥へと戻った。銃は効かないが、身を守る手段として何があっても離すわけにはいかない。


 早く体勢を戻さなければ殺される。寝転んだ姿勢から勢いよく立ち上がる片山。男がボールペンを扉から引き抜いているのが見えた。そして片山の方を向き、再度攻撃を加えようとしている。


(コイツの目的がオレを殺すことなら……この場を逃れる手段はこれしかねぇ!)


 男が接近する寸前で、片山は銃口を自分の頭に突きつけた。


「……どうなんだ?おい……目の前で獲物が死のうとしてる……もうすぐ狩れそうな獲物に逃げられちまう気分ってのは……」


 男は片山の言葉を理解したわけではない、しかしその行動で理解した。片山のやろうとしていることを。


「ただ逃げられるだけじゃねぇぞ……もしオレが幽霊になったら、どうだ……?拳銃とボールペン、どっちが強いかなぁ……?銃弾より速く動ける自信があるならオレを殺せよ」


 男は攻撃を止め、後退した。


(今しかねぇ!やりたくはなかったが、やるしかねぇんだ!)


 片山は銃口を頭から離し、瞬時に背後を向いて窓に三発の弾丸を撃ち込んだ。すでに四発、合計七発の弾が当たったことで、窓ガラスのヒビはかなり大きくなっている。


 勢いよく走り出した片山は、窓ガラスに体当たりした。


 ホテル前の歩道にガラスの破片と片山が降り注いだ。


ーーーーーーーーーー


 二日後、怪奇警察署・署長室


 黒い革張りの重厚な椅子に座る中年男性。机に置かれた湯飲みに手を伸ばす。中には好物の緑茶が入っており、男性の喉へと注がれた。


 男性から見て、部屋の右側にある窓。その横に、壁にもたれかかるようにして飯田が立っている。


 中年男性は緑茶を飲み終えると、口を開いた。


「で、片山はどうなった?」


 視線を窓の外から中年男性へ向け、飯田が答える。


「すごいですよ、先輩。あの部屋から生きて脱出した初めての人間です。四階の窓から飛び降りたそうですが、両足を骨折しただけで元気でしたよ。『オレは実戦を乗り越えた英雄だ』とか言ってましたっけね……しばらく入院しなきゃならないみたいですが。」


 中年男性は表情を曇らせ、ため息をつく。


「我々の切り札の一つだったが、運良く逃れたか……あの疫病神め!今度こそ始末できると思っていたが……」


「そう熱くならないでくださいよ、署長。他の宿泊客や通行人に怪我はなかったのは、不幸中の幸いです。それに、次の手は考えてありますから。」


 飯田が中年男性の机へ近づく。


「頼むぞ。君に与えた『片山抹殺』の任務。必ず果たしてくれ。アイツが警察を続けるのは……私だけでなく全警察の恥だ!上もアイツの処遇に手を焼いている!もうこれ以上は……本当に……」


「わかってますって。先輩には、できる限り痕跡を残さず、自然な形で消えてもらいますから。」


「小池くんにもバレないようにな。頼むぞ。」


 飯田は署長室の扉を開け、廊下に出た。その表情には、怪しい笑みが浮かんでいた。


<完>

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