拳銃で幽霊は殺せるのか③

 翌日の昼。怪奇駅前「ネバーホテル」四階。廊下を歩き、四◯七号室へと向かう片山。


 幽霊殺しに必要な道具は、宿泊予約をした六◯二号室で全て準備してきた。過去に片山が殺してきた幽霊とは比べ物にならないほど危険な存在が、四◯七号室に取り憑いている。入念な対策が必要だと感じていた。


 片山の右腰には、ホルスターに入ったグロック一七がぶら下がっている。一般客やホテルスタッフにバレると面倒なため、上着で見えないよう隠している。この銃は、以前片山がヤクザの抗争に巻き込まれた際、死亡したヤクザから盗んだものだ。予備のマガジンも二つ持参した。


 四◯七号室の扉には「立入禁止」と赤い文字で書かれた紙が貼られているだけ。他の部屋と同じタイプの鍵以外に施錠されている様子はない。鍵は片山の予想した通り、サムターン式のものだった。


 小型の電動ドリルをウエストポーチから取り出し、扉に穴を開ける。少し音を立ててしまったが、誰かが見に来る様子はない。平日、しかも昼間のビジネスホテルだ。宿泊客はほとんどいないはず。その分、スタッフの人数も絞られているのだろう。


 片山は、開けた穴に特殊な金属を差し込み、内側の鍵を回した。サムターン回しと呼ばれる鍵開けの方法だ。


 カチャッという軽い音が聞こえた。片山は金属の棒をウエストポーチにしまうと、ホルスターからグロックを取り出した。さらにポケットに入れておいた消音器サプレッサーをグロックの銃口に装着する。


 廊下を見回し、誰もいないことを確認してから四◯七号室に侵入した。


 正面に見える窓から日が差し込んでいるため、部屋は電気をつけなくても明るい。十〜十二畳ほどの広さに、シングルベッドと机が置かれただけの殺風景な部屋。何年も掃除をしていないのだろう、至るところに蜘蛛の巣が張られ、床や壁、天井は褐色のシミだらけだ。


 視覚から入ってくる情報の次に、片山は異臭に気づいた。警察官という仕事柄、この臭いは何度も嗅いだことがある。強い鉄の臭い。血だ。


 褐色のシミは飛び散った血が乾いたものでろうか。あるいはこの部屋で繰り返された惨劇によって、血の臭いがこびりついてしまったのだろうか。とにかく、普通の部屋でないことを片山は理解した。


 グロックを両手で構えながら、入口のすぐ左にあるバスルームの扉を開けた。カビが生えたユニットバス。元々は白いタイルの床や壁だったのだろうが、カビによって黒っぽい赤に変色している。血の臭いとカビ臭さで、バスルームはまるで異世界だ。流石に入る気が起きなかった片山は、中を覗くだけにして扉を閉めた。


 部屋の中に向き直り、ゆっくりと一歩ずつ進む。部屋の奥に進むほど、空気が重く、よどんでいる感じがした。鼓動が速まり、息苦しくなる。


 飯田の話では、この部屋に宿泊すると『二十四時間以内に死ぬ』とのこと。つまり今から二十四時間以内に幽霊が現れるということだろう。幽霊よりもこの部屋に一日中いなければいけないことの方が、片山にとって苦痛だった。


 部屋の奥まで進み、大きな窓のそばに来た。窓から下を見ると、怪奇駅を利用する会社員や学生が、ホテル前の歩道を歩いている。六階の自室から見下ろした時より、二階下であるはずのこの部屋の方が地上まで遠く感じた。これ以上見ていると、吸い込まれそうな感覚に襲われる。


 片山は窓から目を離し、部屋の中へ体の向きを戻した。その時、入口のあたりに誰か立っているのが見えた。ホテルのスタッフに気づかれたかと思ったが、服装がスタッフのユニホームと違う。黒いハットにトレンチコート。顔は逆光のせいか、影のように真っ黒で見えない。


 はぁ……はぁ……という低い男の息遣いが聞こえる。


「……へぇ、早速来てくれるとは、ありがたいねぇ。この辛気臭い部屋にいるのは、ちと無理そうだったもんで。初対面で悪いが、死んでもらうわ。」


 片山は男に向かって弾丸を三発撃ち込んだ。弾丸は男をすり抜け、入口の扉に当たった。間違いない。これが噂の幽霊。しかし既に弾は貫通した。先手必勝。これで死んだと思い込み、成仏する。


 はずだった。男は消えることなく、その場に立ったままである。片山は追加で二発撃ち込むが、男は動じない。


 男は滑るように床を移動すると、片山までの距離を一気に詰め、右手を振り上げた。手には一本のボールペンが逆手に握られていた。

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