拳銃で幽霊は殺せるのか

拳銃で幽霊は殺せるのか①

 犯罪は時間を選んでくれない。むしろ、深夜や早朝など、人の気配が少なくなる時間帯ほど、犯罪の発生率は上がる。犯罪と最前線で戦う警察官は、市民の命を二十四時間守れるよう、寝ずに街を守るのだ。


 深夜二時半。闇ヶ丘交番やみがおかこうばんにて勤務中だった片山 照吉かたやま しょうきち巡査のもとに、一人の女性がやってきた。スーツ姿、仕事帰りの二十代会社員といった風貌。髪は乱れ、息を切らしている。


「助けて……!」


 今にも涙がこぼれ落ちそうな目で片山を見つめる女性。事件に巻き込まれている可能性が高いと踏んだ片山は、女性に事情を聞くより先に交番前の路上へと飛び出した。


 左右を見渡す。右、約十メートル先から走って向かってくる者がいた。黒いニット帽に白いマスク。体つきは大きい。男だろう。右手にはナイフが握られていた。


 片山は視線を男の足元へ向けた。。それにも関わらず男は走ってくるのだ。


 片山は右腰に装着した拳銃ホルスターのボタンを開け、M三六◯サクラのグリップを握る。臨戦態勢に入った片山を見て、男は急ブレーキをかけ、片山に背を向けるようにして逃げ出した。


 閑静な住宅街に、二発の銃声が響いた。


ーーーーーーーーーー


「無闇に発砲する警察官がどこにいる!ここはバカボンの世界じゃないんだぞ!この馬鹿者が!今回で何回目だ!?」


「七回目です……」


 朝八時。不貞腐れた表情で机に向かって書類を書く片山。それを怒鳴りつけているのは、上司に当たる小池こいけ巡査部長。二人の後ろでは、若手巡査の飯田 健二いいだ けんじがキャビネットの中を整理している。


「人通りが少ない夜だったから良かったものの!関係ない人に当たってたらどうする!」


「部長、オレは人通りの少ない夜だったから発砲したんですよ。昼間ならやってませんて。」


「しかも犯人は消滅しただと!?お前は空気にでも向かって撃ったのか!?」


「……まぁ、そうとも言えますね。」


 歯切れの悪い片山の応答に、小池部長の怒りはピークに達した。


「いいか片山!我々は市民を守るために銃という『強大な権力』を与えられているんだ!好き勝手に使えば問題になるのは当然だろ!二十年も警察官をやっているのにそんなことも理解できていないのか!?馬鹿者!」


「……違うなぁ。違う違う。理解していないのは部長の方ですよ。」


 片山は椅子からスッと立ち上がった。


「いいですか?銃っていうのは権力じゃなくて『武器』です。腰につけてるのを見せびらかして犯罪を抑止するだけじゃ意味ないんですよ。『いざ』って時に使うのを躊躇してちゃダメなんです。昨夜はその『いざ』って時でした。駆け込んできた女性もオレに感謝してましたよ。」


 片山の言うことも一理ある。小池部長は反論する言葉が見つからなかった。


「部長、確か娘さんがいましたよね?もし娘さんが路上で暴漢に襲われていたとしましょう。地面に倒れた娘さんに、暴漢はナイフを振り下ろそうとしている。距離は十メートル。走って近づいたのでは間に合わない。そんな時、拳銃を撃てますか?」


「もちろんだ!娘の命がかかってるんだからな!」


「じゃあその娘さんが全く関係ない女性だったらどうです?瞬時に銃を撃てますか?」


「そ、それは状況によってだな……」


「その時点でダメなんですよ!娘さんの時と同じく『撃てる』と言えない時点で、我々警察が拳銃を持ってる意味の大半が失われる。今、部長は拳銃を撃った後の始末やマスコミの反応を考えたんじゃないんですか?それじゃダメなんですよ!その考えが拳銃にセーフティをかけ、市民を危険な目に遭わせてしまうんです!」


 小池部長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。片山の意見は極端であり、反論の余地はあった。しかし咄嗟に言葉が出てこない。


「……タラレバの話はもういい!私は怪奇警察署に行く!お前が発砲した件を揉み消してもらうよう署長に直談判してくるからな!飯田!片山が始末書をサボらないよう見張っておけ!」


 小池部長は八つ当たりするかのように飯田にまで高圧的な態度を取ると、交番を出て、自転車に乗って走り去っていった。片山は椅子に座り、始末書の続きを書く。


「あーあ、先輩のせいで部長すねちゃいましたよ。今回は揉み消し失敗するかも。」


「そしたらクビで構わんさ。オレのクビ一つで、部長のダイアモンドほど硬い頭に新しい教訓が刻まれるなら御の字だろう。部長もオレと同じで、何年も昇進できずにいるんだ。今までのやり方を変え直すきっかけが必要だと思うがね。」


「それにしても、またやったんですか?。本当に意味あるんですか?」


 片山は始末書を書く手を止め、椅子の背もたれに体重を預けた。


「飯田よ。お前、拳銃で幽霊を殺せると思うか?」


 飯田はファイルを開く手を一瞬止めて考えた。


「……殺せないと思いますけどね。幽霊って触れられないイメージがありますし。現に、昨日先輩が撃った弾も、幽霊を突き抜けて、電柱に当たったんですよね?」


 片山は右腰のM三六◯サクラを取り出し、手首をスナップさせた。銃弾が三発装填されたシリンダーが振り出る。


「答えはYesでもありNoでもある。過去七回の経験で気づいたことだ。お前の言う通り、幽霊に弾は当たらない。生きた人間から幽霊に接触することは、どんな方法でもできないんだ。しかし幽霊に向かって銃を撃てば、結果として殺したことになる。」


 片山の答えを聞き、飯田は首を傾げた。

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