夏休みの宿題③

「きっかけは夏休みが始まる少し前、僕の家で飼ってたハムスターが死んだことでした。マサオって名前だったんですけど。死体を家の庭に埋めたんです。それから3日ほど経って学校から帰ってみると、庭でマサオが走り回っていました。」


「……な、何を言っているの……?先生、よくわからないんだけど……」


 アキラは淡々と続ける。


「初めは僕もどういうことかわかりませんでした。もしかしたら、マサオは生きていたのかもって思いましたが、埋めた場所を掘り返してみたら、マサオの死体は確かにあったんです。」


「……じゃあ、別のマサオが生まれたってこと?」


「そうです!マサオであってマサオでないマサオが生まれたんですよ!クローンって感じでしょうか。」


「そ……そんな映画みたいな話、先生信じられないな……でも、少し安心した。ほら、アキラくん、大人びてるっていうか、あまり冗談とか言わないタイプじゃない?こういうユーモラスな一面もあるんだなって思って、安心しちゃった。」


 アキラは表情を曇らせた。


「先生、その通りです。僕は冗談、嫌いですよ。大嫌い。お笑い番組すら見たことありません。そんな僕が嘘や冗談でこんなこと言うと思いますか?」


 アキラの目つきは鋭くなり、郁美を睨みつけているようだった。郁美は自分が完全に圧されているのに気づいた。教頭先生クラスでも彼の威圧には耐えられないかもしれない。


「信じてくれるなら話を続けます。嘘だと思うなら僕は帰りますよ。」


「……わかった、続けて。先生、信じるから。」


 アキラは人差し指を眼鏡の中央に当たると、クイッと上げて位置を直した。


「僕は、マサオに起きた現象が人間でも実現できいか知りたくなりました。そこで、夏休みを使って試したんです、仮説を。おそらくマサオのクローンは、マサオの死体、つまりDNAから生み出された。もしそうなら、僕のDNAを庭に埋めることで、僕のクローンもできるのではないか……という仮説を。」


「随分、飛躍した仮説ね。それで?」


「何を埋めようかと考えた時に、直感で歯が思い浮かびました。これは本当に直感です。歯茎のついた歯。これを埋めれば、自分が生まれるような気がしたんです。」


「それが、絵日記に書いてあったこと……?」


「今の僕はクローンです。本物のアキラは家にいますよ。その証拠に、夏休みが明けてからの僕の体育の成績、どうですか?」


「そういえば……今日もサッカーでシュート決めてたよね……運動神経が良くなってるというか、今までより積極的にスポーツに打ち込んでいる気がする。」


 郁美は生唾を飲み込んだ。


「先生、このクローンのすごいところはそこなんです。『教育』ができるんですよ。生まれたばかりのクローンはまるで赤ん坊のようなもの。僕と同じ知能や知識は有していますが、精神面は未熟です。だからこそあらゆることを吸収できる。僕は体育が苦手でした。そこでクローンにはたくさん運動をさせたんです。そしたら先生にもわかるくらい結果が出た!クローンによって僕は弱点を克服したんです!」


「そんな……まさか……」


「内緒にしておこうと思ったんですけど、夏休みのほとんどをこの実験に費やしてしまったので、絵日記には正直に書きました。今は本体のアキラが庭の土を調べています。おそらく僕の家の庭でないとクローンは生み出せないと思うんです。」


 郁美は声を失った。小説か映画でしか聞いたことがない話だ。しかしアキラの自信ありげに話す姿を見ると、嘘を言っているとは思えない。


「話し込んでしまい、すみません。そろそろ終わりの時間ですよね。最後まで聞いてくれて、ありがとうございました。」


「……待って、アキラくん。」


郁美は教室を出ようとするアキラを呼び止めた。

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