夏休みの宿題②

「八月六日。庭から目が出てきました。予想よりかなり早いです。右目か左目かわからないですが、成功です。」


 文章の上に絵を描く欄がある。八月六日は大部分が色鉛筆の茶色で塗りつぶされており、中心に目が描かれていた。人間の目。最初は「芽」という漢字と間違えているのかと思った郁美だが、絵を見る限り確かに「目」なのだ。


 郁美はアキラの日記をさらに読み進めた。


「八月十日。顔が咲きました。鏡で自分の顔を確かめたけど、間違いなくぼくの顔と同じです。このまま成長させようと思います。お父さんとお母さんにバレるといけないので、ビニールシートをかぶせておきます。」


 絵の欄には顔が描かれている。地面から這い出た顔。誰の顔かは判別できないが、人間の顔ということはわかる。


 郁美は、アキラの絵日記が真実だと思えなかった。嘘に決まっている。大人しく、クラスでは唯一と言って良いほど郁美の言うことを素直に聞いてくれていたアキラまで、とうとう自分を舐め始めた。そのショックが郁美を襲った。


「八月三十日。とうとうできました。もう一人のぼくです。新学期からはコイツに学校へ行ってもらいます。先生だけには伝えておきます。よろしくおねがいします。」


 アキラと思しき少年と、ほぼ同じ様相で服を着ていない少年が、笑顔で肩を組む絵が描かれていた。


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「アキラくん、絵日記を読ませてもらったんだけど、どうしてあんな嘘を書いたの?怒らないから、聞かせてくれるかな?」


 一週間後の個人面談で、郁美はアキラに日記のことを聞いてみた。教室には二人だけ。日記の話をするにはベストなタイミングだった。郁美の心に怒りはない。ただアキラが自分に対してどんな思いを抱いているのか知りたかった。


 アキラは表情を一切変えない。眼鏡を通して郁美の顔を覗いている。


「先生、あの日記のことは事実なんです。嘘は書いてません。事実だけを書きました。もし今、頭に拳銃を突きつけられ脅されていたとしても、真実と言えます。」


 アキラは真っ直ぐな瞳で郁美を見た。少年の自信ありげな表情に、郁美は圧倒された。

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