「それ」が来る

MenuetSE

 

 「」の気配を感じた。「それ」は音も無く近づいてくる。グッと体が緊張し身構える。

《びゅん》

「それ」が風圧を残して、かすめるように行き去る。ほっとする。

「ふうっ、今回も衝突は避けられた」

 しかし「それ」は執拗だ。忘れた頃にまた来る。私を単に脅そうとしているのか、激突しようとしているのかは分からない。大きさは私より一回りも二回りも大きい。重量もそうだ。ぶつかったら跳ね飛ばされるだろう。


 また、気配がする。今度はどこから来るのだろうか。前からだろうか。後ろからだろうか。

「前からだ」

 視界に入った。激突されないように間合いを取り、その瞬間に備える。前傾姿勢の操縦士も見えてきた。

《びゅん》

 またしても通過した。しかし、何センチも離れていない所を高速で過ぎ去ってゆく。リチウムイオン動力による加速装置を装備しているのだ。「それ」はいつも全速力だ。かけらも速度を落とすことなく突進してくる。私が少し油断すれば激突してしまうだろう。


 「それ」は無音だ。背後から来る場合が一番やっかいだ。気がついた瞬間には、風圧だけを残して過ぎ去っている。そんな時は心臓がバクバクする。無音で遠ざかる「それ」を見ながら、鼓動だけが激しい。


 何故こんな思いをしなければならないのだろう。毎日が危険と隣りあわせで、恐怖の連続だ。しかし、ずっと家に閉じ籠もっている訳には行かない。私もこうして外に出なくてはならない。


 今度は背後に気配を感じだ。「それ」だろうか。とっさに後ろを振り返る。その時、「それ」がぐぐっと速度を落とした。

「えっ」

 思わず口に出てしまった。こんな事は初めてだ。普通、「それ」は速度を落とさない。いやむしろ加速して来る。私の存在などお構い無しだ。いったい何が起きたんだろう。

 歩くくらいの速度になった「それ」の操縦士が、2名の搭乗員に話し掛ける声が聞こえた。

「前に歩いている人がいる時は、ゆっくり追い越すのよ。そうしないとビックリさせちゃうでしょ」


 私は、次の世代には期待できるかも、と少しだけ心の安らぎを覚えた。


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