第14話 クエストは前途多難?

 緑の匂いが鼻をつく。

 呼吸をするたびに自分の身体が森の匂いに染まっていくのではないか――そんな馬鹿々々しい錯覚すら覚える。

 既に太陽が昇り切っているというのに視界が薄暗いのは、空と視界を覆う植物たちのせいだった。


 結界の薬草を作るために必要な植物の採取のため、リジーたちは村から一番近い森へと足を運んでいた。

 リジーも冒険者の端くれとして、森の探索は慣れている。しかし今、リジーはこれまでと違う心持で冒険に臨んでいた。

 それは今まで彼女を虐げていたアインスたちがいないから――ではなく。


「この木の実、甘酸っぱい匂いがするな」

「ヒュー、それ生で食べられないよ」

「そうなのか。……ん、こっちの葉っぱは爽やかな匂いがする。ハーブか?」

「あーっ素手で触っちゃ駄目! 手が荒れるっ!」

「す、すまない」


 肩で息をしながらリジーは半歩前を歩くヒューの背中を軽く睨む。

 森へ足を運んでから今まで、リジーはヒューに振り回されっぱなしだった。

 理由はただひとつ。彼の異常なまでの食欲と好奇心である。

 少しでも食べられそうだと思うとヒューはそれを摘んだり顔を寄せたりして、とにかく何でも口に入れようとするのだ。

 植物の中には食べられないものや素手で触ると怪我をするものも存在する。それを知るリジーは、ハラハラしっぱなしだった。


(冒険者なら森なんて慣れてるんじゃないの!? よく無事だったねこの人!)


 アインスたちも戦闘系の冒険者だったため、リジーも当然同行していた。

 討伐する魔物は基本的に通常の動物同様、人里離れた場所を住処とすることが多い。森の奥深くなどはその代表例だ。

 ヒューはアインスよりもずっと経験を積んでいるのだから、森への対策や知識はあるとリジーは考えていたのである。


 そんな風にリジーが思考に一瞬気を取られているうちに、ヒューがまた何か違う植物に手を伸ばしているのが見えた。

 リジーはまた口に入れたら堪らないと慌ててそちらへ駆け寄る。


「ヒュー、今度は何を……っ!?」


 リジーは見た。

 大きく花開く5枚の花弁の、その後ろ――花弁に隠れ見えづらいの部分に不自然なふくらみがあるのを。

 そのふくらみに亀裂が入り――その亀裂がまるで人間の口が笑ったかのように動いたのを目にした瞬間、リジーはヒューに突進するかのように抱きついた。


「駄目っ!」

「――――ッ!」


 肌に空気の振動が伝わったかと思うやいなや、体勢を崩した2人が直前までいた空間を何かが掠める。

 続いて銀の軌跡が走り、リジーが視認できたのはそこまでだった。


「なんだこれは?」


 不思議そうなヒューの声に、リジーはいつの間にかつむっていた目を開ける。

 剣を握ったまま地面を見つめる彼につられて視線を落としたリジーは、思わずうわ、と声を漏らした。

 バラバラになってもなお、うぞうぞと蠢く緑色の何か。細切れにされすぎて元の形が判断しづらかったが、リジーはそれに見覚えがあった。


「やっぱり。これ、擬態草だ」

「ギタイソウ?」


 聞いたことのない名前にヒューが首を傾げる。


「綺麗な花に擬態するから擬態草って名前がついてるの。油断して獲物が近づいたらそのままパクッ、だよ」


 ぱっと見、少し花弁が大きめの薄紅色の可愛い花である。しかしの部分にあるふくらみが本体で、鋭い牙を持っていると聞けばただの花ではないことは嫌でも理解できるだろう。

 しかも食べるのは虫のような可愛いものではない。先程のヒューが良い例だ。

 あと少しリジーが気づくのが遅ければ、彼の手は擬態草によって怪我をしていたかもしれない。


「詳しいんだな」

「駆け出しの頃、よく他の魔法植物と間違えてたから。あ、でもヒューなら襲われても強いし、自分で対処出来たよね、ごめん」


 アインスたちにリジーが警告などをすると、決まって「俺より弱いんだから余計な口出しするな」と怒鳴られていた。

 そんな過去から咄嗟にリジーが謝ると、ヒューはゆるゆると首を振った。


「いや、余計な怪我はしたくない。助かった、リジー。ありがとう」


 相変わらず真っ直ぐなヒューの言葉に、リジーは礼を言われると思っておらず不意打ちを食らった。真正面からイケメンのお礼は攻撃力が高い。

 急に増える心拍数と赤くなる顔を誤魔化すため、リジーはヒューの顔を見ないように地面に転がる擬態草の末路へと視線を向けた。

 

 擬態草を知るリジーにとって、ある事実が引っ掛かっている。


「……でも、確か擬態草って」


 そこまで言って、リジーは言葉を途切れさせる。

 肌を撫でる風の匂いが変わった。まるでいきなり全身を全方向から舐め回されたような不快感だった。

 料理術師とて魔術師の端くれ。魔力の動きには敏感だ。


「――これは」


 ヒューの声がする。いつもより低い。

 意識を魔力から目の前に向け――リジーは眼前の光景に言葉を失った。

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お荷物と追放された料理術師、仲間たちと夢を叶える~価値の分からぬ元パーティは知りません~ 東雲 和泉 @firstmoon82

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