第13話 クエスト:薬草作り
薬草作りの依頼があったブルカニカ村は、絵に描いたようにのどかな村だった。
柔らかな陽光が田畑を照らし、若々しい緑が風に遊ぶように揺れている。
薬草作りを依頼したのはこの村の村長なので、リジーたちは到着してすぐに村役場まで案内された。
「クエストを受けていただきありがとうございます」
村長は開口一番、そう言って深々と頭を下げた。
白髪混じりの枯葉色の髪を丁寧に撫でつけ、やや小太りの体躯に飾り気は無いが仕立ての良い服を身にまとった、60代半ばほどの男性だった。
言動と服装だけで彼の人柄がよく分かる。リジーたちは一目で好印象だった。
「今日はよろしくお願いします。それで、今日はどのような薬草を作ればいいでしょう?」
「今日作っていただきたいのは結界の薬草なのです」
「結界の薬草!?」
思わぬ内容にリジーは声を上げた。てっきり風邪薬か目薬かと思っていたのだ。
つん、と服を引かれる感触。斜め後ろにいるヒューがリジーの服の肘辺りを引っ張っていた。
そっとヒューが耳打ちする。
「…………薬草って結界になるのか?」
「獣除けとか、魔法植物で作った薬草を一定間隔で地面に埋めると、簡易的な結界になるの。他の効能の薬草に比べたら作るのにちょっと手間と時間がかかる」
彼のもっともな質問に小声で答え、リジーは村長に向き直る。
村長の顔は年齢相応にしわが刻まれているが、何故か随分と老けて見えた。隠しきれない疲労の跡だ。
「……本来クエストには効果を指定して依頼しますよね。その記載が無くて、現地で結界用の薬草作りと仰るのは、マナー違反だと思いますが」
「ええ、ええ、その通りでございます。本当なら、薬草の効果を指定しそれに見合った報酬をお支払いするのが当然です」
村長は恐縮した様子で小さく身を縮こませている。リジーに怒りは無く、ただ確認のために尋ねているだけなのだが、どうにも弱い者いじめをしているような感覚になってしまう。
するとずっと黙っていたヒューが長い腕を伸ばしてクエスト票の報酬欄を指さした。
報酬欄には、「報酬:大銀貨5枚/人」と書かれている。
「失礼。俺はこういった薬草作りの経験が無いから口出しするのもどうかと思うが、ひとつ聞かせてほしい。俺がクエストを受けたとき、このクエストは他より報酬が低かった。なのに実際来てみたら、どうやら通常より手間暇のかかるもののようだ。これではどれだけ依頼をしても契約不履行で破棄されてしまうんじゃないか?」
「そ、それは」
「こんな詐欺行為をする理由があるんだろう?」
ヒューの言う通り、ギルドに依頼をする場合には報酬基準が設けられている。冒険者を守るための措置で、発覚したときには冒険者がクエストを破棄することが認められており、依頼者もペナルティを支払う必要があった。
息を呑むような美貌の人間から、淡々と、正論を告げられ村長の顔が大きく歪む。
一瞬の沈黙が落ちたあと、村長はぶるぶる震えながらテーブルに突っ伏すように体を折り曲げた。
「も、申し訳ございません……! ですが、我々にはもうどうすることも出来ないのです! 結界の薬草作りに足りないことは承知しております! しかしもう、その報酬で精一杯なのです……!」
「落ち着いてください! 事情をお伺いしてもいいですか?」
顔を上げた村長の目尻には涙が浮かんでいた。
村長は戸惑うようにリジーとヒューを交互に眺め、やがてぽつぽつと語りだした。
「……この村の名物は仔牛のパイ包みです。いわゆる、畜産を生業にしている村でして、過去には高位のお貴族様もお召し上がりになられたとか」
「そうなんですか」
「はい。また牛たちから採れる新鮮なミルクで、チーズなども製造しておりました」
リジーの耳に小さく鼻をすするような音が入ってくる。おそらくヒューが垂れそうになったよだれを我慢した音だろう。
しかしそれ以上にリジーには気になることがあった。
「でも私たち、こちらに来てから一度も牛を見てませんが?」
「…………今から3ヶ月ほど前、村中の牛が病に罹り命を落としました。近隣の村に確認してもそんな被害は出ていないのに、このブルカニカ村でだけ牛がどんどんいなくなってしまったのです」
「そんな……」
リジーは愕然とした。
畜産をメインにしていた村では牛は命綱そのもの。その生命線が失われ、ブルカニカ村はどんどん貧しく、寂れていったのだ。
「じゃあ結界の薬草を必要としているのは……」
「この病がどこから来ているのか分からない以上、せめて外からの原因は断っておきたいのです。この土地そのものの力が弱まっているならそれも無意味でしょうが……」
鉛のようなため息を吐き出し、村長が暗い顔でそう言った。
リジーは彼の話を聞き、内心で悩む。
(どうしよう)
普通の冒険者なら契約不履行で即帰っているだろう。リジーも、自分が納得したくて話を聞いただけだ。ここで帰っても文句は誰にも言われない。
ただリジーとしては、このクエストは受けてやりたかった。
問題はヒューのほう。彼が嫌だと言えば、無理矢理受注するのは難しい。
「………………か」
ぼそりと低い声がリジーの耳朶を打つ。
隣を見れば、ヒューがいつになく真剣な顔をしていた。美人の真顔は怖いと聞くが、想像以上だった。
ヒューは唇をかすかに震わせ、切れ長の紫紺の瞳を見開き、まるで「神などいない」と告げられた敬虔な信者のような絶望的な表情で――
「食べられないのか……っ!?」
それはもう、喘ぐかのような決死の叫びに近かった。
理解が追いつかずぽかんとする村長とリジーに気づかず、ヒューは若干据わった目で村長に詰め寄った。
「村長。今、牛が病で亡くなったと言ったな。ということはこの村名物の仔牛のパイ包みはもう食べられないのか? それとも、その結界の薬草を作ったら食べられるのか?」
「え、い、いや……もう、この村に食用になる牛はいないのです。近隣の村から牛を買い取り育てる予定ではありますが……それには時間がかかります」
「そうか……。なら、チーズは? ミルクも無いのか?」
「チーズでしたらございますが……」
その言葉を聞き、ヒューがリジーのほうを向いた。
目だけが期待にらんらんと輝き、しかしその奥に探るような光が宿っている。まるで捨て犬を拾って来て母親に飼ってもいいかお伺いを立てる子供のようだ。
何も言っていないのに、リジーは彼が何を言いたいのか分かったような気がした。
(まあいっか)
リジーは元々このクエストを受ける気だったのだ。ヒューが同意してくれるなら、リジーは彼の理由を否定しない。
「分かりました」
リジーは背筋を伸ばし、極力自信たっぷりに見えるように微笑んだ。
「私たちの初仕事として、このクエストお受けします」
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