第4話 一緒に行こう
ヒューの疑問は当然だ。
料理術師はサポート職。とてもではないが一人で最難関ダンジョンを踏破することは出来ない。故にパーティを組んでいると考えるのは当然の帰結だろう。
そんな「当然」から外れてしまった自分が、ひどく惨めで悲しかった。
「……実は、私――――」
パーティでここのダンジョンをクリアしたこと。そしてその帰りにお荷物だと言われ、置いて行かれてしまったことを、リジーは努めて平然と説明した。
「――思い上がっていたのかもしれません。だってアインスたちはもう、ドラゴンすら倒せるようになっていたんですから。私の料理が本当に必要だったのなんて駆け出しの頃だけ……ああでも、当時は私も料理術師として未熟だったから、やっぱり最初から最後までお荷物だったのかも――」
「それ以上はいい」
リジーはヒューの胸元に引き寄せられ、強制的に言葉を遮られた。
ヒューの服に触れている顔が冷たく感じる。そこでやっと、リジーは自分が泣いていることに気づいた。
「自分を傷つけるようなことは言うな。どう聞いたってリジーは悪くない。それに」
「それに?」
「……些か不謹慎だと思うが、俺はここにリジーがいてくれてよかったと思ってる。おかげで行き倒れずに済んだからな」
「なにそれ……」
それが冗談か本音かどうかはともかく、彼の言葉にリジーは思わず口元が綻んでしまった。
「ああ、そういえば大切なことを忘れていた」
ヒューはゆっくりとリジーを体から離し、目を合わせる。
紫紺の瞳に、目元の赤いリジーの顔が映っていた。
「助けてくれて、ありがとう」
真っ直ぐに伝えられた言葉が、リジーの胸に真っ直ぐ突き刺さる。
腹の奥からこみ上げる感情の奔流は、言葉ではなく熱となってリジーの目元からぼろりと零れ落ちた。
それを見てヒューがわたわたし始める。
「り、リジー?」
「っごめ、んなさい。嬉しくて……っ」
礼を言われたのなんていつぶりだろう。
アインスたちはリジーのことを都合の良い存在として扱っていた。山積みの雑用をこなしても、それを当然とするアインスたちは礼など言わない。サポート職で後方支援が主なリジーは、クエストで依頼主から感謝されたこともなかった。
だからいつからかリジーは忘れてしまっていたのだ。感謝とは、嬉しいものであることを。
ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻したリジーに、ヒューは尋ねる。
「それでリジーはこれからどうするつもりなんだ?」
「……そうですね。料理術師としてではなく、普通の料理人として生きていくことになるかもしれないですね」
料理術師として生きていたかった。それは紛れもない、リジーの本音。
けれどアインスの言葉は、彼女の料理術師としてのプライドを根こそぎ折るものだった。付き合いが長い分余計にその言葉は突き刺さって抜けない。
「……リジーはそれでいいのか」
喘ぐような呟きがヒューの口から漏れた。見上げた彼の顔は、リジーよりも苦しそうな渋面だった。
(どうしてヒューさんがそんな顔をするの)
疑問がリジーの脳裏を過ぎる。
けれど彼女の口は、反射的に言葉を紡いでいた。
「……いいんです。だってもう私、誰からも料理術師として必要とされてませんし」
「俺がいる」
「え?」
ぱちくりとリジーは目を瞬かせてヒューを見つめ返してしまう。
ヒューはリジーの手を取ると、自分の胸元で懇願するように握りしめた。
「リジーを必要としている奴ならここにいる。俺はリジーの料理が好きだ。リジーさえ良ければ、ここを出たら俺とパーティを組んでほしい」
「わ、私がヒューさんと……!? で、でもヒューさんはパーティ組まないんじゃ」
「今まで組みたいと思った奴がいないだけだ。リジーと一緒に活動したいと思った。だから誘っている」
ヒューの眼差しは真剣そのもので揺るがない。
彼の本気を感じ、リジーの心から消えかけていた熱が再度主張を始めた。
発した声はみっともなく震えていた。
「ほ……本当ですか? 私、まだ必要ですか……? お荷物なんかじゃなくて、料理術師でいられますか……?」
「ああ」
ヒューの答えがリジーには福音に聞こえた。
「一緒に行こう。リジー」
まだ料理術師でいられる。
また捨てられるかもしれないという恐怖より、大好きな料理術師でいられることの喜びが、リジーの背中を押した。
「はいっ!」
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