第5話 代償の片鱗

 リジーを置き去りにしたアインスたちは、ダンジョンから帰った足で食堂へと入った。

 冒険者たちの間で美味いと評判の店で、料理も酒も種類が豊富だった。


「ここがあの「一角馬の飛翔ユニコーン・フライト亭」か!」

「楽しみですね、アインス様!」

「ああ。今まで来れなかったからな」

「何だお前ら。冒険者のなりして来たことねえってことは新人かぁ?」


 アインスとシャロの会話に割り込んできたのは、無精ひげを生やし頬を上気させた男だった。見る限り彼も冒険者なのだろうが、にこにこと上機嫌にジョッキをあおる姿はどこにでもいる普通のおっさんだった。


 最難関ダンジョンでドラゴンまで倒したのに新人呼ばわりされ、アインスは不機嫌になる。


「新人じゃない。俺たちはこれでもドラゴンも倒したことがあるんだぞ」

「へえそりゃ凄い! ドラゴンキラーってことはプラチナランクまでもう少しだな! がっはっはっは!」


 冒険者のランクは上から順にダイヤモンド、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアンとなっている。ドラゴンを倒せる冒険者はゴールド級以上だ。

 一つランクが上がるごとに冒険者の数は十分の一になるといわれており、アインスたちはゴールド級冒険者としてかなり上位に入る実力者なのだ。


 しかし目の前の男は酔っているからなのかアインスたちがゴールド級だと知っても一向に馬鹿笑いを止めず、挙げ句アインスの背中をバシバシ叩いて爆笑する。

 もっと驚かれ、敬われる反応を期待していたアインスたちには、彼の反応はただただ不快でしかなかった。


「おいギザ、お前飲み過ぎだぞ! 悪いな兄ちゃんら、こいつ絡み酒なんだわ。それで注文は?」


 カウンターの奥からやって来た大柄なスキンヘッドの店主が、ギザと呼ばれた無精ひげの男を無理矢理アインスから引き剝がし人好きのする笑顔で詫びを入れる。

 しかし注文を促されるも、彼らはこの食堂に来たことがなかった。


「初めて来たんだ。ここのおすすめの酒と料理を持ってきてくれ!」

「食べられねえもんはねえか?」

「ない」

「あいよぉっ!」


 威勢のいい野太い声が食堂に響き、アインスたちは空いた席に座る。

 しばらくすると香辛料の匂いが立ち込め、マインがわずかに眉をひそめた。


「お待ちどう!」


 どんどんどん、と大きなジョッキが3つ置かれ、その間を埋めるように所狭しと料理の皿が並べられる。体力勝負の冒険者御用達なだけにどれも量が多く、肉が多かった。

 アインスたちはフォークを持つと、それぞれ料理を選び、一口。そして。


『~~~~っ!?』


 揃って悶絶した。


 アインスは慌ててジョッキを傾け――中身が炭酸の入ったエールだと分かりむせる。

 なんとか飲み込んだマインが渋面のままフォークを置き、シャロが近くを通りがかった店主の袖を掴んだ。


「ちょっと!」

「あん? なんだぁ、嬢ちゃん。おかわりか?」

「違うに決まってるでしょ! これ美味しくない! 作り直して!」

「……はあ?」


 店主の低い声がさらに一段低くなった。一気に空気の温度が下がり、彼を中心に沈黙の波が広がっていく。

 きょとんとするシャロに、回復したアインスも加わった。


「まず味が濃すぎる! 舌がビリビリするぞ、何だこれは! それに量も多すぎるだろ、こっちは男1人と女2人だぞ? どれくらい食べるか予想くらいして持って来いよ!」


 ひどく身勝手なことをのたまうアインスにより、冷たかった空気がより底冷えのするものへと変化していく。


 彼らが食べたのはシャスリックと呼ばれる肉料理だ。ワインベースの調味液に肉を漬け込んで焼いた大衆料理で、この国では屋台でも売られるとてもメジャーな料理である。店によって調味液の配合や肉の種類が変わり味が違うため、シンプルながら奥深いと人気があった。


 おすすめと言われて供されるくらいに、この店では人気があり定番の料理である。

 それを貶されて良い気分になる人間はいないだろう。店の奥から刺すような殺気が漂ってきたが、当の店主は軽く手を上げて周りを制止させると、アインスたちを見下ろした。


「口に合う合わねえはそれぞれのもんだからな、仕方ねえ。けど作り直せっつーのはどういうことだ?」

「決まってるだろ! 俺たちの口に合わないんだ! 客商売なら合わせろよ!」

「そりゃ難しい相談だな。うちは長年この味で勝負してきたんだ。初見の客にいちいち合わせてたら話にならん」

「はあ? なんだそれ……!」


 アインスたちは自分たちの言葉が間違っているとは欠片も思っていない。

 何故なら今まで料理を作っていたリジーは、「作り直せ」と言われたら何も言わずに作り直していたからだ。

 料理というものに対する労力や気持ちといったものを一切知らない3人は、店主に向かって最低の一言を投げかけた。


なんだから作り直せよ! 早く!」


 それはまさに、決定打。


「――――け」

「なんだ?」


 店主の口から、次の瞬間地を這うような低音が轟いた。


「――出て行け! お前たちに食わせる飯なんかうちには欠片ひとつねえ!」


 周りの冒険者たちが店主の声に反応するかのようにアインスたちを取り囲み、あれよあれよという間に店の外へと放り出される。

 抗議する暇すら与えられず、アインスたちは目の前でドアを閉められた。


「二度と来るな!」


 そんな、致命的な宣言と共に。


 この出来事が苦難の始まりだということを、彼らはまだ知らなかった。

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