第2話 衝撃的な邂逅
「どうしよう……」
リジーは呆然と呟いた。
最難関ダンジョンの最奥、ドラゴンがいたこの場所は、他の魔物たちも入って来れないようだ。しかし帰還する手段を持たないリジーの取れる方法は徒歩しかなく、そうなると必然的に魔物たちの跋扈するダンジョンを進まねばならない。
そしてリジーは、このダンジョンで立ち回れるほどの実力がない。
(ぜ、全方位に詰んだ!)
この場から移動すれば待つのは死しかない。
考えれば考えるほど気が滅入るが、せめて一度冷静になろうと、リジーは作ったスープをカップによそって一口飲んだ。
鎮静作用のある薬草と干し肉を一緒に煮込み、初級の回復魔術を溶かし込んだ即効性のある疲労回復スープは、わずかながらリジーの心を慰めてくれる。
腹が満たされれば心に余裕が出来る。ショックで動かなくなっていた情緒が戻り、裏切られた事実にじわりと涙が浮かんだ。
「……ふ、う……っ」
泣くな。脳内で叱咤し袖で目元を乱暴に擦る。
落ち着くためにスープを飲んだのに、これでは意味がない。
(こんなだから、アインスたちに捨てられたのかな……)
優れた料理術師は、食べた者に奇跡の力を授けることが出来るという。その姿はまるで神様のようであり、特に優れた料理術師には「聖餐師」の称号が与えられるのだ。
けれど望む効果と正反対の効果しか出せない料理術師など、確かにお荷物に等しい。
落ち込むリジーの耳に、ふと奇妙な音が飛び込んできた。
――――――――るるる……
――――――きゅる……るる……
何かが動くような、鳴き声のような音だった。
(近づいてくる! 逃げないと……っ)
しかしここはダンジョンの袋小路。出入口は一つだけだ。
せめてもの抵抗として姿が見えた瞬間ぶつけてやろうと、リジーは唐辛子を練り込んだ煙玉を握りしめる。
そして。
――ぐぎゅるるるるる……
「えっあっえええええっ!?」
出入り口に人影が現れた瞬間聞こえてきた盛大な腹の虫に、リジーは慌てて振りかぶった腕を止め――しかし奮闘空しく煙玉は綺麗な放物線を描いて、人影に直撃した。
*
「ほんっとうにごめんなさい!」
リジーは目の前の人物に深々と頭を下げた。
「いや、こちらもまさか他に人間がいると思っていなかった。気にするな」
そう言ったのは、すらりと背の高い青年だった。
銀灰色の髪は女性のように長いが、決してひ弱そうには見えない。眼光鋭い紫紺の瞳と相まって、まるで彼自身が刃物のような雰囲気を纏っていた。
しかし今はリジーの唐辛子入り煙玉を食らったせいで顔じゅうから汁という汁を出しているせいで、迫力も何もあったものではない。
「気にしますよ! まだ顔痛みますよね?」
「だいぶ薄れた。だから気にしなくていい」
「そうはいきません! 気休めですがこのスープをどうぞ。鎮痛作用のある薬草が入っているので、少しはましになるかも」
リジーは余ったカップにスープを入れた。先程の疲労回復のスープに常備している乾燥ハーブを混ぜただけだが、子供の頃から作っているだけあって自信はある。
青年の視界にスープが映ったその瞬間。
ぐぎゅうううううう。
聞き間違えようのない、とても自己主張の強い腹の虫が鳴いた。
「……もしかしなくても、すっごくお腹空いてます?」
ぐきゅう。
「まさか、私のスープの匂いにつられて来ました?」
ぐきゅう。
「……お腹で返事するの止めてもらっていい!?」
ぐきゅるるるん。
早く寄越せ、と言わんばかりに腹の虫が鳴く。ちらりと青年の顔を見ると、申し訳なさそうに眉を下げていた。
嘆息したリジーは無言でカップを突き出す。
「すまない。もらおう」
「どうぞ」
「いやそっちじゃなくて」
青年はそう言うと、あろうことかカップではなく、リジーの傍にあった小鍋を掴んだ。
「え」
リジーの呟きは、青年がスープを飲み干していく音に搔き消された。
ぷは、と小さく息を漏らして舌で唇をなぞる姿はひどく色っぽかったが、リジーはそれよりも驚きで開いた口が塞がらない。
(お鍋を一気!? 4人分はあったのに!?)
硬直したままのリジーに向かって、青年は恥ずかしそうにはにかみながらさらなる爆弾を投下した。
「ごちそうさま。あの……おかわり、くれないか?」
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