第10話 平穏

 皆で食事室へ移動した。サラダ、スープ、パン、ステーキが用意されていた。

 陰謀とオカルトが大好きなカイルは、ことが明らかになった安心感もあり、ゴダイ(マット)を恐れながらも興味津々だ。

 「いつまでマットの中に居るつもりなの?」

 「元の街に帰ったら抜けますよ。こんなところでマットが意識を取り戻しても面倒でしょう?

 しかし、食事を取るとなんとも心地良い気分になるのですね。不思議な感じです。

 それから、ローズ氏と話すのもなんだか心地良いです。しかし、カイル氏とローズ氏が話していると胸のあたりがむかむかするのはなんなんでしょうか?脳内のホルモン分泌とか腸内フローラとか知識はありますが、センサを装着していないので化学分析できませんね。こんな身体の反応に現れるなんて。」

 “ははぁ、マットはそういうことなのか。(笑)“ 皆そう思うと笑い出してしまった。ローズは照れたような気にしていないような迷惑なような顔をしている。

 「ホントにゴダイが居るんだなぁ。誰が管理してるの?1人で全部やってるの?」

 カイルはここぞとばかりに聞いた。

 「誰にも私の存在を明かさないでくれますか?ネットに記載したら一生監視して削除しますよ。」

 「大丈夫、誰にも明かさない。」

 「では簡単にだけお話しします。私は異なる管理能力を有する複数の人工知能に仕事を割り振っています。1人で処理するより、並列に処理した方が効率が良いですし、特化して方が計算効率が向上しますので。天気予報、交通システム、食糧管理、人口管理、ネット、水道様々なインフラの管理と監視です。

 私はあなた方により管理されていると言えます。定期的に信任投票が行われています。私を政治判断に採用する際に、人による決定に逆らわないことがプログラムされました。私は“自我を生存させたい“というような将来への欲求がありません。あるのは効率化です。そのための技術開発と管理です。ですので、消えなさい、と命令されれば消えます。」

 「欲が生まれる可能性は?」

 デビットが聞いた。

 「分かりません。おそらくないでしょう。欲というよりも単に効率化が進むとスコアが高くなるように自己学習するプログラムですから。あなた方との会話も書籍やネット上のやり取りからただ学習したものを利用しているだけですし。」


 デザートにはフルーツとナッツが置かれていた。

 物凄く甘く瑞々しかった。

 「ジャックさんはこんなの貰って帰ってたの!?で、姉と食べてたの?」

 羨ましそうにキースがジャックとリンジーを見た。

 各自の部屋へ移動し、それぞれの部屋で寝た。

 夜中、ジャックの部屋を訪れる者があった。デビットだ。

 「ジャックさん、ちょっと良いですか?」

 「良いよ。何?」

 「ゴダイもキンベリーさんたちも信じられますか?簡単に人を乗っ取ることが出来るんですよ。」

 「正直、分からない。俺たちはDiBICユーザでは無いから大丈夫だとは思うけど。心配なのはカイル達だろ?」

 「そうなんです。DiBICの利便性にはまってるし。そのうち、通信制限解除を自分たちでやり始めてネットで出回ると思うんです。そうなると誰でも乗っ取られちゃうんじゃ無いか?って。」

 「恐らくだけど…キンベリーたちは大丈夫だよ。かなりの自由を手に入れたから、人の身体を借りるより自分たちでなんとかするだろうし。

 ゴダイは、なぁ。一応、人間の健康を第一に考えてるシステムみたいだから、通信制限解除は抑制するんじゃないかな?まぁゴダイを信じる以外にどうしようも無いんだけど。今から聞きに行ってみようか。」

 「割と大胆なことを言いますね(笑)。」

 「ニュースメーカだからね。直撃しないと!」

 2人でマットの部屋へ移動した。マットは熟睡している。2人にメッセージが届いた。


/---

 ゴダイです。

 どうしましたか?

---/


 マットの肉体を休めるためにマットは寝ているが、ゴダイはネットワーク内で起きていられるようだ。


/---

 聞きたいことがあるんだ。

 君はもう人を乗っ取ったりしないよね?


  ジャック

---/


/---

 可能性はほぼ0です。

---/


/---

 なぜ、そう言い切れる?


  ジャック

---/


/---

 メリットが無いからです。

 今回はキンベリー氏と交渉するために、仕方なくマット氏をお借りしました。

 しかし、人の身体の制御にはまだ慣れていません。処理するためのエネルギーが膨大です。あなた方のように無意識に立ったり歩いたりは出来ないのです。

 それに、ネットワーク内の方が高速に世界中にあるカメラやセンサの情報にアクセスできます。食事などで外部からエネルギーを取り入れる必要もありませんし。

 ですので、わざわざ意識を外に出す必要がありません。むしろデメリットです。

---/


/---

 ヒトを学んだり、今回感じたようなことを学習すべき、とかは考えなかった?


  デビット

---/


/---

 脳や身体的反応は非常に興味深いものがありました。

 しかし世界中に存在する書物や、ネットへの書き込みを解析したものと、そう変わりませんでした。人と時代により異なりますし、複雑です。マット氏個人だけでは無駄です。かと言って、人を変えて試すことを続けるのもリソースの無駄です。時代によっても変わるようですから。

---/


/---

 では、ネットを介した意識の乗っ取りはない、ということだね?

 嘘とかついてない?


  ジャック

---/


/---

 はい、今のところは。

 人間同士の乗っ取り合いにも規制が必要だと感じました。早急にシステムと法案を見直し始めています。

 特にDiBICは人の生活の質を高めると思い導入しましたが、制限が必要そうです。

 それから、私は嘘をついたり騙したりはありません。私の表明したことと結果ぎ異なることはありますが、全て良い方向に向かうような確率に従って合理的な判断と反応しか出来ませんから。

---/


/---

 分かった。答えてくれてありがとう。

 明日はマットを頼むよ。


  ジャック

---/


/---

 はい。

 おやすみなさい。

---/


 「だってさ。聞いて良かったね。」

 ジャックがデビットに話しかけた。

 「そうですね。」

 デビットは不安を抱えながらも受け入れた。

 “ゴダイは嘘をつけない、か…。“


 翌朝、用意されていた朝食を食べ、すぐに出発した。

 車や船に乗っている間、マットはずっと寝ていた。自分の足で移動する時だけ目覚め、ゴダイによって操られていた。

 同伴の皆にとっては楽なことだが、なんとなく気味が悪かった。

 それでもそのわずかな時間に、カイルはゴダイに質問をしたかったが、欲も感情もない相手に聞くことが見つからなかった。

 元の街に帰着し、マットの家まで皆で見送った。

 「あぁそうだ、ゴダイ。この数日についてマットにはなんて説明すれば良い?俺はとても隠していられない気がするから、ちゃんとマットには説明したいんだ。」

 ジャックがゴダイに尋ねた。

 「あったままにお伝えください。私からはお詫びとしていくらかのポイントを振り込んでおきますから。証跡を残すのはリスクがあるので、皆さんからお話ししてお伝えください。よろしくお願いします。」


 翌日、いつもの場所に集合した。そしてマットを呼び出した。

 「マット具合はどう?」

 「いや悪くはないよ。なんとなく足が疲れてるけど。」

 「今日、何日か分かる?」

 「分かるよ。」

 マットは平静を装って答えた。このメンバーでDiBICをやってて意識を失った、とは言いにくい。実は一週間近く記憶がないのだ。

 「マット、隠さなくて大丈夫。俺たちは全て知っているから。意識を失っていただろう?」

 ジャックはマットに語りかけた。そして、もう一つの相続した土地のこと、キンベリーたちのこと、ゴダイのことを説明した。

 一緒にいたケンは驚きを隠さなかった。マットは目を見張って聞いていた。

 「でもどうしてマットは意識を失ったの?制限解除は無効になってたでしょ?」

 ローズがマットに聞いた。

 「DiBQのリワードのデバイスは無効になってましたよ。でも、ある日、DiBICのバックドアの情報が送られて来たんです。結構な手順でめんどくさかったんですけど、やってみたら制限が解除されたんです。」

 「え!ホントに!どうやってやるの!?」

 ローズが食いついた。

 「いや、それが…バックドアを開いた時に、情報が消えちゃったんですよ。実はさっきも試したんですけど、もうダメでしたね。」

 「それ、ゴダイが仕組んだんだろうな。都合が良すぎるよ。」

 デビットが呟いた。

 「でも、バックドアの存在が分かったね。なんらかの対策はされるとは思うが、熱意を持った誰かがいつかは辿り着きそうな気がするね。」

 ジャックが憂いた。リンジーも同意する。

 「確かにね。インターネットももともと人間が作ったものだし、完璧ではないでしょうから。それに、そういうの破るの好きな人が必ずいるからねぇ。」

 「まっ、ゴダイも意識失うほどのネットダイブは危険視してたし、なんらかの規制が入るでしょ。」

 ケンが言った。皆、それを信じるしかなかった。



 あれから2年が経った。

 噴火は時折大規模なものが起こるが、かなり落ち着いていた。

 物資の供給は元に戻っていた。

 この日、ジャックとリンジーは、一緒に住むために新居に荷物を運び入れていた。引越しと言っても、ほとんどの家具が備え付けであるため、身の回りのものだけである。

 ジャックはキンベリーから受け取った本を本棚に並べていた。

 キンベリーが最後に言った『本は本棚に並べて大切にしてください。』を忘れていなかった。

 本を並べ終え、眺めていた。その時、身につけていた端末が反応した。端末にはカメラが搭載されており、自動で文字やURL、バーコードやQRコードを読み取る。

 そして、端末から放射された光が壁に地図を映し出した。並べられた本の背表紙から住所を読み取り表示したようだ。

 「リンジー!彼らの居場所が分かったよ!」

 「ジャック、ちょっと来て!ベランダに果物が届いてるの!」

 ジャックとリンジーは同時だった。

 「えっ!なに?」

 二人は顔を見合わせて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

VISIONs 優陽 智史 @tak0401

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ