第9話 訪問

 翌日、朝早くに船着場に集合した。搭乗手続きを済ませた。ここから一泊二日の船旅だ。誰しもが初めての船旅であり、ワクワクしていた。

 「こんな旅行が出来るなんて嬉しいわ。」

 リンジーはジャックとも旅ができるし、妹のキースも居て楽しそうだ。

 テンションの上がっているリンジーを見て、ジャックも嬉しくなっていた。しかし、連絡が取れなくなってからvisionsに会うことを考えると、緊張もした。

 船は川を下り一度海に出て、別の川を上って行った。途中、様々な動物を見ることができた。

 食事は事前に予約していた。自動の厨房から、予約通りの食事が提供された。天気も良く船も揺れず快適に最寄りの街に到着した。

 最寄り街でも一泊した。

 翌朝、借りていた車に乗り込んだ。7人が荷物と一緒に乗れる大きめの車を借りていた。自動運転で進むので運転する必要はない。街を出て郊外の道を進む。農場が広がっていた。育てている作物は小麦だろうか?果樹園もあった。牧草地には牛も放牧されていた。

 途中、トイレ休憩のためにパーキングに寄ったが、10時間以上走り続けて遂に目的地に到着した。日が暮れかけていた。

 「最寄りの街から10時間て…。なかなか一般の人が来れそうにないね。」

 さすがに移動の疲れを隠せずにリンジーが言った。

 しかし、着いたのはゲートの前である。ジャックが周りを見回した。左右には柵が続いている。木で出来たゲートの向こうには丘があり、建物は見えなかった。ただゲートの向こうには草に覆われているが車が通れるような道があった。久しく車は走っていないのだろう。

 ジャックはゲートを開けた。そして車を入れ、再びゲートを閉めた。すぐに車を出した。日が落ちる前に建物を見つけたかった。ここからは自分で運転せざるを得ない。デビットがハンドルを握った。草に覆われた道を、全員でなんとか目視して声を出し合いながら進んだ。

 丘の頂上を超えると、数km先に建物が見えた。全部で11棟である。恐らく、10棟が食糧とエネルギーを生産、貯蔵するために新設された建物だろう。残りの1棟が居住用兼接客用と思われた。建物の前には広場があり、飛行機の離着陸ができそうであった。

 はやる気持ちを抑え、慎重に建物へと車を進め、ようやく建物の前に到着した。車のライトをつけたが、ぎりぎりまだ空は明るい。

 ジャックは車を降り、建物へと進んだ。人の気配は無い。玄関の前で周囲を見回した。郵便受けに封筒が差し込まれている。ジャックは恐る恐る封筒を手に取り宛名を見た。

 『ジャックさんへ』

 文字が印刷されていた。封筒の中を見る。2枚、紙が入っていた。暗証番号と玄関の開け方が書いてあった。

 玄関の横にタッチパネルがある。暗証番号を入力し、指紋認証へと進んだ。ジャックがタッチパネルに手を押し付けると指紋が読み取られ、玄関の鍵の開く音がした。

 玄関の扉を開け、建物の中を覗く。足を一歩踏み入れると自動で電気がついた。

 ジャックは車の方を見、心配そうにこちらを見つめる皆を手招きした。皆、車を降り、玄関へとやってきた。

 建物に入り、封筒に入っていたもう一枚の紙を見た。

 『書斎へお入り下さい。

 パスワード:xxx…』

 書斎に入ると机の上にタブレットが置かれていた。起動するとパスワードの入力が求められた。封筒に入っていた紙に記載されていたパスワードを入力する。タブレットが起動され、テレビ通話アプリが表示された。“発信“ボタンを押す。呼び出し音が鳴り始めた。

 “1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回、8か“

 「はい。ジャックさんですね?」

 キンベリーの声がした。画面にキンベリーが映っているのが見える。ジャックは嬉しかった。

 「キンベリー、無事だったんだね!良かった。噴火があって、連絡が取れなくなって…心配していたんだ。みんなも無事かい?!」

 「ご心配していただきありがとうございます。

  それより音信不通となりご心配をおかけしてすみませんでした。皆無事ですよ。

  長い間、連絡を取れていませんでしたが、ジャックさんもお元気でしょうか?」

 「俺はご覧の通り元気だよ。

  ところで今、どこに居るんだい?」

 「…それは…。申し訳無いのですが、お伝え出来ません。お許しください。それより、まずご挨拶させてください。」

 キンベリーは話をはぐらかしながら、本題に切り替えた。

 「そちらはリンジーさんですね?ようやくお会いできました。これまでいろいろご心配をおかけしました。申し訳ございませんでした。」

 「いえいえ良いですよ。果物美味しかったです。」

 「キースさんとデビットさんですね?巻き込んだ形になってしまい、申し訳ございません。それから、カイルさんとローズさん。あなた方にはきちんと説明しなければなりません。」

 「はい、ちゃんと説明してください!僕たちは何をしたんですか?!」

 「2つのことでお力をお借りしました。一つは建物の建造です。借りた機械だけでは私たちの肉体がもちませんでした。そこで身体を乗っ取らさせていただきました。そして作業をさせていただきました。

  そしてもう一つ。せっかく来てもらったので、甘い食べ物を持ってきていただきました。それだけです。」

 「いや、それだけ、って…。」

 カイルは絶句した。

 「甘いもの集めるなんて、ズルい!」

 キースが変なところで憤っている。

 「身体を乗っ取る、ってどういうことですか?」

 デビットが落ち着いて聞いた。

 「脳のハッキングです。DiBQで能力を測り、突破した方々に通信量の制限を解除しました。そして脳を疲れさせ、ハッキングさせてもらいました。」

 「DiBQはあなた方の作ったものだったんですか?」

 「そうです。DiBQを通して、年齢や体力など、協力してもらうに足るかどうかを計らさせていただきました。

  勝手にお身体を借りることには抵抗がありました。しかし、DiBQを通して前払いという形でポイント還元も行いましたし、お許しいただけませんでしょうか?」

 カイルとローズはなんとも返事が出来なかった。通信制限の解除による体験も良い体験だった。むしろもう1度解除してもらえないか、お願いしたいくらいだった。

 「身体に変なことはしていない?」

 カイルが聞いた。

 「それは大丈夫です。ご安心ください。服も脱いでませんから。食事はしましたが、体力回復のためです。」

 “それで意識を回復した時に空腹感が無かったのか。“

 カイルは納得した。

 ジャックが聞いた。

 「あの土地は大丈夫なの?せっかく作ったのに。」

 「ご心配いただきありがとうございます。大丈夫ですよ。ほとんどが食糧生産の実験用で十分なデータが得られましたから。それに、建物の地下のほとんどと、最後の1棟は、噴火のエネルギー、主に地熱や振動を利用する発電設備で、今皆さんのいる場所の電力の一部も供給しています。借りたままの機械も利用させてもらってますし。」

 “全て計画通りか。“デビットは思った。ジャックが聞いた。

 「確認したいことがあるんだ。政府からこの土地の食糧の一部を提供して欲しい、との依頼があった。同意しても良いのかな?」

 「はい、ご同意ください。そこにいるマット、いえゴダイもこれで満足ですか?」

 不意にマットに話が振られた。皆、ハッとしてマットを見た。

 「やはり分かってましたか。」

 「もちろん。マットも意識を失うほどDiBICにはまりましたが、身体をお借りしてませんから。マットのことは把握していましたが、そちらの土地に居るのは違和感がありました。」

 「一時的にこの方の身体を借りています。なかなか人の身体は厄介ですね。自然に動けるようになるまで練習が必要でした。移動するのも面倒ですし、食べないと不調もきたしますし、物理的制約が多いですね。

  さて、キンベリー氏、私はあなたたちと交渉に来ました。」

 「正直に言いますと、想定外です。可能性は考えていましたが、もっと直接的に連絡してくるかと。しかも交渉とは。合理的判断に従えば、有無も言わさず決めてくるかと思っていました。」

 「直接の連絡も考えましたが、あなた方の使う通信手段が複雑で...、通信システムを構築して、メッセージを送るのに骨が折れそうでしたので、直接会おうかと。

 交渉については、政治家、というか民衆を動かすには一方的な指令ではいけないことも学びましたらから。」

 “骨なんて無いのに。“キースは吹き出しそうになったが、我慢した。

 キンベリーが尋ねた。

 「で、何をお求めですか?」

 「協力です。正直、私には未来を予測する能力がありません。いや、正確には未来を予測できるのですが、全て確率分布に従っており、その中から最も高確率な事象しか選べないのです。ですので、この噴火という難局を乗り越えるために力を貸して欲しいのです。

 そして、実はまだ食糧が十分ではありません。この土地にある二階建て10棟の建物とジャックの消費量を考えて食糧の提供依頼量を算出しましたが、きっとまだ他にあるのではないでしょうか?暴動が起きると社会的損失が大き過ぎます。

 それから、通信についても独自の通信を辞め、我々の提供するシステムに従ってください。ノイズを利用するアイディアは素晴らしいのですが、エネルギー管理が難しくなります。また、通信制限解除もお辞め下さい。健康被害が心配です。」

 『通信制限解除はダメ』と聞いて、カイルとローズは少しガッカリした。

 「もちろん、ただでとは言いません。一つはあなた方の戸籍です。現在、あなた方は法律的には存在していません。食糧調達など不便ではありませんか?そこで特別に戸籍を登録しましょう。いかがでしょうか?」

 「戸籍はありがたい申し出です。しかし、それだけ要求して、戸籍だけでは同意しかねます。

 また、現住所を教えることは出来ません。静かに暮らしたいのです。

 通信についてはこれまで通りを保証してもらいたいです。私たちは、この方法でずっと生き延びて来たのですから。

 では、どうでしょう。未来予測については協力しましょう、また、今あなた方のいらっしゃる土地で生産された食糧は全て提供します。ですから、通信についてはこれまで通り、としてもらえませんか?あと、戸籍を持てることで街に出易くなります。監視カメラの映像から私たちを消してもらえませんか?」

 キンベリーが逆に提案した。

 ゴダイは計算した。どちらがメリットが大きいか、どちらが損失が少ないか。

 未来予測と食糧を得られるのは大きい。それに比べて彼らの利用する通信ノイズは小さい。彼らはこれまで通りを求めており、社会的損失が増大するわけでもない。

 「分かりました。その条件で行きましょう。政府としての食糧生産体制が整えば、食糧の提供依頼量も減らします。」

 「というわけでジャックさん、申し訳ないのですが、しばらくはこの土地の生産物を提供してください。」

 「良いでしょう。誰かの助けになるのなら。それにもともと俺には不要な量ですから。でも、君たちは困らないのかい?」

 「大丈夫ですよ。こちらはこちらで賄えていますから。それにこれからは支給も受けられそうですし。」

 マット(ゴダイ)が話す。

 「しかし、うまくやられました。ジャック氏を疑ってリソースを割り振ってる間に、移動してしまうとは。噴火まで利用して。」

 「ジャックさん、ごめんなさい。囮として利用する形になってしまって。リンジーさんとのお時間を邪魔してしまいました。」

 「まぁ良いよ。君たちが無事で良かった。」

 「今晩はもう暗いので一泊してください。食事とベッドを用意してあります。では私はこれで。」

 「キンベリー、また会えるかな?」

 「ええきっとお会いできますよ。私たちもそれを望んでいますから。

  それから、お渡しした本は本棚に並べて大切にしてください。お願いします。」

 「ああ、分かったよ。」


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